「憂鬱なる党派」とは、故高橋和己の小説のタイトルで、もちろん、“党派”は60年安保前後の「日本共産党」のことです。
 学生時代は高橋和己の作品が好きで、その他にも、『我が心は石にあらず』『邪宗門』『非の器』なども読んでいました。ずいぶん昔のことです。
 さて、その日本共産党ですが、最近は元気がありませんね。駅頭などで活動家を見ていても、高齢化がかなり進んでいるようです。
 その政策も各種選挙を意識するあまり、柔軟化しすぎているように思います。共産党というのは当然、共産主義者の政党であり、最終的な目標は搾取も貧困もない、共産主義国家・日本を実現することです。
 そして、この過程として、民族解放民主革命があり、社会主義革命があるはずです。これを素直に捉えるなら、まず共産党が政策として掲げなければならないことは、「天皇制(立憲君主制)」の廃止であり、大企業本位の税制改正などではありません。
 また、自衛隊についても、最近は認めるような、認めないようなことを言っていますが、これも極めておかしいことです。共産党で最近まで議長を務めていた不破哲三氏は、かって赤旗まつりで参加者の質問に、「共産党が政権についたら、自衛隊を解散して、民主的な軍隊を創設する」と答えています。ですから、このことも少なくても国政選挙では政策として国民に表明しなければなりません。最近、自衛隊違憲と非武装中立を唱えはじめた(いわいる先祖返り)、社会民主党とはわけが違うのです。
 それから、いわゆる「日の丸・君が代」に関しての態度も軟弱です。東京都や杉並区の各種式典での国歌斉唱のさい、共産党の議員は歌ってはいませんが、(座っている議員もいますが)起立をしています。これでは、半分は権力に“魂”を売っていることになります。共産主義者として、恥ずかしくないのでしょうか。また、全教や日教組に潜りこませている党員教師には、起立しないことを指令すべきです。処分を恐れていては、真の共産主義者として自己革命することができません。
 私は国政でも地方議会でも、ある意味、共産党の果たす役割は重要と考えています。だからこそ、最近の共産党の姿勢は残念でなりません。

2月17日(金曜日)

憂鬱なる党派

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