「霧社事件」を描いた映画

DSCN0905taiwanshosuminzoku台湾(中華民国)は世界の中で間違いなく断トツの親日国で、現在は安定した民主主義国家ですが、過去の歴史ではいくつかの暗い出来事がありました。
国内的には“白色テロ”といわれた「二・二八事件」(1947年)が最大のもので、本省人と外省人との対立の根深さが事件の原因でしたが、私も2年ほど前に事件の記念公園と記念館を訪れたとき(写真)、とても悲しい気持ちになったことを覚えています。
そして、日本人と台湾原住民との暴動事件でそれぞれ数多くの人たちが殺された「霧社事件」については以前から真実を知りたい、知らなければならないと考えていました。一通りの文献などは読んでいたのですが、日本では数カ月前にこの事件を描いて公開された「セデック・バレ」がDVDレンタルになりましたので、先日、風邪を引いて外出できなかったときにこの映画を観ました。
台湾での公開は2011年で、監督は海角7号(港町7番地といった意味でしょうか)~君想う、国境の南~」を撮った魏徳聖さんです。ちなみに、上述の二・二八事件を描いた「非情城市」は世界的な名作と言われています。私もこの2作品はDVDを購入して何度か観ていますが、どちらも素晴らしい内容です。
さて、この「セデック・バレ」ですが、第1部・太陽旗、第2部・虹の橋を合わせた上映時間は約4時間半で、一気に観ることができました。“出草”(首狩り)のシーンなどもありますが、圧倒的迫力で史実を描いた力作と思います。
私も機会があれば、現在は台湾南投県仁愛郷(村)にある霧社に行ってみます。なお、現地でゲストハウスを経営している日本人の方のブログを見ると、「セデック族末裔の人たちには日本人に対する恨みはまったくない」と書かれています。
最後に映画の公式ページに霧社事件についての概要が載っていましたので引用します。それからご承知の通り、1895年から1945年までの50年間、台湾は清朝が日清戦争で敗れたために日本の統治下にありました。
<1930年10月27日に台中州能高郡霧社(現在の南投県仁愛郷)で起こった台湾原住民による日本統治時代後期における最大規模の抗日暴動事件。霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオを中心とした6つの社(集落)の男たち300人ほどが、まず霧社各地の駐在所を襲った後に霧社公学校で行われていた小学校・公学校・蕃童教育所の連合運動会を襲撃。日本人のみが狙われ、約140人が殺害された。現地の警察には霧社セデック族の警察官が2名おり、彼らは事件発生後にそれぞれ自殺。その後の日本軍の反攻により、蜂起した6社の約1000人が死亡し、生存者約550人は投降した>

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