藤原哲太郎先生がご逝去

 fujiwarasensei201602私の政治の師である藤原哲太郎先生がご逝去されました。昭和2年にお生まれになり、当時の民社党の都議会議員を長い間務められ、同党の衆議院議員にも当選されました。まさに、“巨星墜つ”であります。
 先生は静岡生まれで、中央大学をご卒業後、日本社会党の職員を経て前述の都議、代議士を務められ、政界を引退されてからは、杉並区軟式野球連盟会長として広くスポーツの振興に貢献されました。また、とても多くの議員や候補者、また、区長を始め行政関係者が助言をいただいてきたと思います。そして、地元の町会長なども担当されていました。
 藤原先生はいつも笑顔を絶やさず、ご指導の内容は厳しいものの優しく諭すように語りかけられました。もちろん、最近までその声の大きさは区内著名人ではナンバーワンでした。
 そして、今日の写真は私が三十数年前に杉並区議会議員選挙に初めて立候補したときのリーフレットです。当時は藤原先生の秘書を務めさせていただいていました。冒頭に書いたよう文字通り、政治の師であり、人生の大先輩であります。また、民社党は小さな政党ではありましたが、私が初当選したとき、公認当選した議員は7名いました。和田耕作さんという代議士もいて、都内でも有数に民社党の強い地域でした。その基盤と組織を作られたのが藤原哲太郎先生です。長い間、本当にお疲れ様でした。安らかにお眠りください。合掌。

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