台湾が親日国になった理由は

 小学館から発行されているビッグコミック最新号の表紙に台湾(中華民国)総統(大統領)の蔡英文さんが描かれています。そのお顔は笑ってはいませんが、きっと彼女も喜ばれていると思います。

 そして、元総統の李登輝さんが先日、97歳で鬼籍に入られました。台湾人として誰よりも台湾を愛し、日本を愛していただいた政治家だと思います。天寿といえばそうなのですが、とても残念です。

 それで、その台湾が世界一の親日国家であることに異議のある人はいないでしょう。でも、昔々からそうだったのかといえば、違っていたように感じるのです。長い歴史の中には、お互いに不幸なこともありました。

 日本が台湾を統治していた50年間もすべてが順風満帆では決してありませんでしたし、蒋介石さんが大陸から移ってきてからも同様です。彼が総統であった時代は戒厳令が敷かれていました。

 その戒厳令は蒋介石さんの息子の蒋経国さん(宋美齢さんとの間のお子さんではありません)のときには、ずいぶん緩くなっていて、彼自身も「私は台湾人です」と公言していて、人気があったようです。

 私は彼が逝去された直後に台湾を訪れていますが、街中から歌舞音曲は消え、多くの皆さんが喪章を付けていました。私も出国前に妻に作ってもらいましたが、現地では「なぜ、日本人が?」と何人もの方から尋ねられました。

 また、当時は総統府(大統領府)の前には「大陸を取り戻そう!」「中国共産党を打倒しよう!」などの大きな看板がありました。それが今では、百万人以上の台湾人が大陸で仕事をしているのですから、隔世の感の3乗です。

 ところで、その国民党(中国国民党)が支配した時代は必ずしも台湾は親日国家ではありませんでした。現在はではそんなことはありませんが、馬英九さんなども日本に対しては良い印象ばかりではなかったようです。

 ちなみに、戒厳令時代は国民の一般的な自由はありましたが、台独(台湾独立)などと言ったら、いつの間にか、行方不明になることもありました。かつての二・二八事件もそうですが、暗い出来事もあったのです。

 さて、李登輝さんは蒋経国さんが亡くなり、総統代行→総統に就任され、1996年に台湾で初めての民主的な直接選挙で総統に当選され、2000年までの間、「国民大会」※を廃止するなど、数々の民主化を進めました。

 その後の総統選挙では、国民党と民進党の候補などと微妙な関係を続けられましたが、これについては台湾でも様々な評価があり、「尖閣諸島は日本のものだ」発言も、現地ではけっこう厳しく捉えられているようです。

 ただ、日本への造詣が深かったのは報道のとおり紛れもない事実で、彼がいなかったら、台湾は今日のような親日国家になっていなかったかもしれませんし、もしかしたら、韓国のような反日国家になっていた可能性すらあります。

 余談ですが、中国共産党は1996年の総統選挙のとき、台湾海峡にミサイルをぶっ放してアメリカの2隻の空母が出動しました。それにより海峡危機が高まりましたが結果、中共は李登輝総統誕生に“貢献”してしまいました。

 同じく昨年の総統選挙ですが、統一地方選挙で大敗した民進党は青息吐息でしたが、中共が香港に嫌がらせをしたので、「今日の香港は明日の台湾」の危機感が急上昇して、国民党候補を破って蔡英文さんの再選となりました。

 中共に対する世界の包囲網も次第に強くなっていますが、本当に中国共産党は正常な判断ができなくなっていて、これからもさらに孤立の道をまっしぐらに突き進むのでしょう。完全に世界の鼻つまみ者になってしまいましたね。

 私はいくつからの理由から必ずしも習近平さんの国賓来日に反対ではなかったのですが、ここしばらくの彼の傍若無人ぶりは酷すぎます。彼とわが国の元首である天皇陛下が握手すれば、日本が世界の笑い者になってしまいます。

 いずれにしても、あらためて李登輝民主先生のご逝去を痛み、蔡英文さんのさらなるご活躍を期待いたします。台湾への旅行はまたちょっと遠くなりましたが、その日を楽しみにおとなしく待っています。
(※「国民大会」は現在の台湾と大陸中国を知るには良い材料だと思います。興味のある方は検索してみてください)

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