神戸山口組分裂の不思議

 当局の組対筋では今回の神戸山口組の分裂騒動は“偽装”ではないのかとの見方もあるようで、よく分からないことが多いです。ただ、一和会との分裂以降初めての“記者会見”も行われていますので、その線は細いかなとも思います。
 その記者会見では分裂の理由を、①上納金など金銭問題 ②組長・井上邦雄さんの出身母体(山健組)へのえこひいき ③進言・諫言などを一切聞いてくれないなどが詳しく説明されたようです。
 ただ、これって、一昨年8月末に山口組が割れて神戸山口組が発足してとき、弘道会を批判していた内容とほぼ同じです。そして、「それより酷かった」と真鍋組の池田幸治さんが言っていましたが、神戸山口組はこれまで不協和音はあったものの、まあまあ、上手くやっているなと感じていたので、どうも、今回の分裂劇は不可解な気がします。
 また、例の新幹線新神戸駅で起こった「サイン、くださーい!」事件は今回、「任侠団体山口組」代表になった織田絆誠さん(写真:前・神戸山口組若頭代行&山健組副組長、本名:金禎紀)が仕切ったと私は思っていましたが、実際にはその真逆だったようです。確かにあの作戦は他団体などでもかなり不評だったようです。
 そして、井上さんに絶対的忠誠を誓っていた織田さんが山健組内部人事の不満で飛び出すとはとても考えにくいです。彼はそんなことで組織を割るとは思えません。でも、記者会見ではっきと言っていますので、さらに訳が分からなくなります。いずれにしても、もう少し様子を見ないと全体像が見えてきませんし、もしかしたら、織田さんが生粋の山健組出身でないことが遠因かもしれません。

セブンの「家系ラーメン」

「家系ラーメン」という名称のいわれは分かりませんが、セブン-イレブンの棚で“新発売”の赤く丸いシールを見ると、パブロフの犬状態で手が伸びてしまいます。6分間の“チン”はちょっぴり長いのですが、太麺と豚骨醤油の組み合わせは美味しいですし、パリッとしたノリもいいです。ただ、少ししょっぱいように感じました。約700キロカロリーです。

山口組分裂の真相と東京の治安悪化

 京都の独立系任侠団体「会津小鉄会」(指定暴力団)の分裂は小康状態を一応、保っているようですが、ここにも、一昨年8月末に起きた山口組分裂の影響があります。つまりは、山健組弘道会の代理戦争とも伝えられています。しかし、その構図も間違いではないのですが、どちらかと言うと、オール神戸山口組vs弘道会のようにも感じます。
 さて、「菱の代紋~山口組に隠された最大禁忌」が発行されました。いわゆる実話系ではなく、山口組の元有力組長の自伝や告白本でもありません。かなりの取材力というか、情報力がある著者と思われますが、トーンとしては一環して“神戸山口組”側に立ち、弘道会、特に現在の三代目会長を批判的に描いています。
 ただ、少し厄介なのは組織名は出てくるのですが、個人の名前は語られていないことです。例えば、上述の弘道会三代目は竹内照明さんですが、その記載はありません。それどころか、山口組当代の司忍さん(本名:篠田建一さん)、府中刑務所に服役中の高山清司さん(山口組若頭)も同様で、五代目時代の最大のタブーの出来事も、双方の中野会の中野太郎さん(当時の山口組若頭補佐)、宅見組の宅見勝さん(同・山口組若頭)の名前は組名だけで個人名は一切登場しません。理由はよく分からないのですが、正しく理解するためには、そばに組織図を置いておくと良いですね。
 もとに戻りますが、その最大のタブーですが、舞台は“新幹線の停車駅でもある当該再開発地帯は、世界的も有名な古都にあった”と始まり、“歴史的要因と政治的背景から、当該地区は不条理な扱いを受けており”(後略)と書かれています。この場所がどこなのか、それは「京都駅南口一帯」であると私の友人は教えてくれました。
 そして、この“最後の土地バブル地帯”の利権を巡って両組織が対立(銃撃戦により10名以上が死傷しましたが、何故か報道はほとんどされませんでした)し、中野太郎さんが床屋で襲撃され、そして、その報復として宅見勝さんが新神戸駅近くのホテルで暗殺され、中野会が山口組から絶縁される経過が詳しく書かれています。これらのことは確かに五代目時代の禁忌だったと推測されますし、六代目誕生の隠された因縁にもなっているようです。
 ちなみに、中野会と宅見組は山口組同門で、ここに山健組や中野会会長への襲撃犯とされる冒頭の会津小鉄会も絡んでいたそうです。また、地上げの資金供給をしていた消費者金融は倒産した“武富士”と思われますし、本書でのM銀行は当時の三菱銀行でしょう。
 それから、若頭が不在になり、五代目の渡辺芳則さんも棚上げされ、司忍さんがその後継になるのですが、この辺りから分裂の炎がくすぶり始めたと記されています。それは、「仁義」を重んずる神戸山口組と「掟」をそうする六代目山口組の大きな差異だったそうで、別の言い方ですと、「義をもって和と成す仁義」「服従と沈黙の掟」と表されています。なるほど。
 その他にも、神戸山口組と六代目山口組の“総本部”の持ち方の違い、抗争事件後の裁判費用や慰労金、中部国際空港建設工事の伴う利権、七代目と目されている弘道会会長の資質と人間性、若頭の高山清司さんの支配構造、司忍さんの過去の振る舞い(実名はなし)、かなり批判的に評価され、同時に被害者でもあると哀れんでいる極心連合会会長の橋本弘文さん(統括委員長)のこと、渋谷駅周辺大規模再開発&東京五輪利権、東京での六代目山口組系組織の実態、歓楽街での不良外国人の勢いと両山口組以外の代紋との連携などなどです。
 私はヤクザ世界を1ミリも肯定するものではありませんが、分裂によりその間隙をアジアやアフリカの不良外国人が入り込み、“理屈も文化も通じない略奪主義”(本書)が跋扈し、それにより、東京の治安が悪化していく現状を直視しなければならないと強く感じています。
追記:昨日、もう一つの「七代目会津小鉄会」が立ち上がったようです。神戸山口組と違って「京都」が付いておらず、まったく同じ名称になり、分かりづらいですね。これからは、「七代目会津小鉄会(金子利典会長)」または「七代目会津小鉄会(原田昇会長)」と表記するのでしょうか。昔の全学連のようです(^∀^)

「日本台湾交流協会」に名称変更

 お正月にふさわしく、今日の記事はとてもおめでたいことです。すでに年末に一部報道されていましたが、「交流協会」が元日から「日本台湾交流協会」に名称変更になりました。「えっ、交流協会ってなにそれ?」と思われる方が多いと思いますが、今まではその通りだったのです。
 それで、交流協会は実質的に在台湾(中華民国)日本大使館の役割を担ってきましたが、いろいろな事情から意味の分からない不思議な名前で存在し続けてきました。どう考えてもおかしいことですが、やっと、それが本来の名称になったわけです。僭越ながら、訪台30数回の私にとっても慶賀の極みです。
 そして、今度は東京にある「台北駐日経済文化代表処」のことになるでしょう。港区白金台にあるこの機関のことは何度もお伝えしてきましたが、台湾(中華民国)駐日大使館で、責任者は“代表”となっていますが、これも明確な“大使”です。近々に大使館の名称を使用することは諸般の事情から難しいと思いますが、良く分からない長いそれよりも、例えば「台湾駐日代表部」と変更したらどうでしょうか。
 それから、過去にも報告しましたが、アメリカは台湾と断交した時、台湾関係法を成立させ、ほとんどすべてのそれまでの関係を維持しています。そろそろ、日本版台湾関係法を作る時期ではないでしょうか。

駅前と国道沿いにはギャンブル依存症が蔓延している

 pachinkoいわゆる「カジノ解禁法案」が衆議院内閣委員会で可決されました。議員立法で提出されていましたが、何故か長い間塩漬けにされていました。今のところ、東京都内に統合型リゾートを整備しようという声は大きくありませんが、議連が法案の骨格をまとめた3年前、私は自分の考えをお伝えしています(タイトル:日本はすでにカジノ天国)。“ギャンブル依存症”が心配と言うならば、まず、全国のパチンコ屋さんと公営ギャンブルを無くさなければ筋が通りません。以下、再掲になりますが、お読みただければ幸いです。何しろ、わが国のパチンコ屋さんは世界最大級の賭博場であるラスベガスの10倍の売上があります。

 カジノをわが国に誘致するために超党派の国会議員で結成されている「国際観光産業振興議員連盟」が、カジノ実施法案の骨格をまとめたそうです。
 カジノについては東京都の新旧知事(石原慎太郎さんと猪瀬直樹さん)もお台場などの候補地に誘致することに熱心で、都議会でも何回か議論になったこともあります。
 私はカジノといっても所詮“賭博”ですから、積極的に賛成ではありませんが、世界の数多くの国々に設置されていますし、反社会的勢力の介入排除などを明確にすれば、議員連盟が提案している内容で良いと思います。
 ただし、できれば外国人だけが入場できるようにしたらどうでしょうか。特に中国の富裕層にお金を使ってもらうことが重要でしょう。何といっても、日本の人口と同じくらい“お金持ち”の人たちがいるわけですから。
 また、どうしても賭けたい日本人は参入する民間事業者に1千万円を預託しなければならないとしても良いでしょう。もっとも、韓国のカジノのお客様の9割以上は日本人だそうですし、シンガポールやマカオにも数時間で行けますので、特に国内で賭博をする必要もないでしょう。
 さて、今日のタイトルですが、カジノ天国とは「パチンコ」や「パチスロ」のことです。大都市はもちろんのこと、地方都市の隅々までパチンコ・パチスロ店は営業しています。最近では駅前商店街の中に新規オープンすることも多いようです。
 わが国のパチンコ・パチスロ店は“三店方式”という摩訶不思議なシステムで、実質的にはギャンブル性を持った遊技になっています。三店方式についてはややこしいので検索してご理解いただきたいのですが、つまり、勝てばパチンコ玉(メダル)を最終的には換金できるということですね。もちろん、私は長い歴史の中で作られた制度ですから否定するものではありません。
 その他にも合法的なものとしてご承知の通り、競馬、競輪、競艇、オートレースがあり、宝くじやスポーツ振興くじもあります。これらはカジノとは異なっていますが、賭博(ギャンブル)というカテゴリーでは同じことです。
 前述したように、カジノはどの駅前や国道沿いにも存在しています。

受動喫煙防止対策の完全実施を

 img_9544WHO(世界保健機関)が「日本の受動喫煙防止対策は世界で最低レベル」と言っていることは知っていましたが、どうやら、このことは事実のようです。タバコを吸う人にとっても、そうでない人にとっても、かなり厳しいことではないでしょうか。しかも、4年後には東京で五輪大会が開催されるわけですからなおさらです。
 その状況の中で、厚労省はやっと本格的な受動喫煙防止対策のたたき台を発表しました。詳細は割愛しますが、一部不十分な箇所があるものの、すべてを実現して罰則規定を確実なものにすれば、世界に通用するレベルと思います。
 そして、わが国では受動喫煙防止については健康増進法にちょっとだけ書いてあるだけで(しかも努力規定)、正直なところ、お寒い現状が続いていました。この機会に、喫煙者の健康のためにも、受動喫煙に長い間、苦しんできた方々のためにも完全実施が求められています。
 また、品不足で話題になっている「加熱タバコ(iQOS)」を対象に含めるかですが、私はそうするべきと考えています。開発・販売しているフィリップモリスの営業戦略にも疑問を感じていますし、箱には「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つをなり、心筋梗塞・脳卒中の危険性や肺気腫を悪化させる危険性を高めます」と書いてあります。
 考えてみれば、タバコは不思議なものです。例えば食品の添加物にがんが発生する可能性があると報道されれば、それだけで大変な騒ぎになります。それに比べ、明確に発がん性があると示されているタバコを規制(とりわけ受動喫煙)する法体系がないのです。繰り返しになりますが、2020五輪に向けて受動喫煙防止の完全実施と、併せて喫煙者がタバコを止められる環境づくりが極めて大切でしょう。
(写真は新宿駅西口の喫煙エリア前で撮りましたが、巨大ターミナルを出たすぐのところで、喫煙可能なスペースを大きくはみ出して、大勢がタバコを吸っている光景は異常です)

この国の国民としての誇り

heikaokotobaとても不謹慎な表現ですが、天皇陛下は憲法の規定のギリギリのところで、ご自分のお気持ちをお話しなされたのではないでしょうか。私もそのことを深く静かに受けとめさせていただいています。陛下の実質上のご決断を真摯に実現することが何よりも大切です。特例法を現実的に成立させ、陛下には国民の将来を見守っていただきたいと思います。また、報道では外国の例なども紹介されていますが、わが国の皇室と諸外国の王室はまったく異なるものです。今回のおことばをお聞きし、あらためて、この国に生まれたことをありがたいと感じています。

シンガポール風ラクサ

今日の昼食もこんな時間になってしまいました。“やみつき”の四文字に惹かれて買ってしまいましたが、大いなる期待は裏切られませんでした。麺を食べたらスープにご飯を入れておじや状態にするとすごく美味しいとの噂ですが、事務所にはご飯はありません。今度、自宅でトライしてみます。
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台湾の心☆台南の想い

 IMG_5158DSC06045xy一青窈さんのお姉さんで、多方面で活躍されている一青妙さんがご自身のブログに台南市の地震について、現地の市議会議員・郭國文さんの「日本の皆さんに是非伝えてもらいたい」という文章を紹介されています。私はこれを読んで正直なところ、ほっとしました。少ないけど義援金を台湾代表処(大使館)に持って行こうかな、街頭で募金をお願いしようかなと、迷っていましたので、良い意味で割り切れたように感じました。
 もちろん、各地、各団体など行われている募金活動や義援金を否定するものではまったくありません。しかし、私達が今しなければならないことは何なのか、それが分かりやすく、とても丁寧に語られています。合わせて現地の様子も伝えられています。これが、台湾の心、台南の想いなのでしょう。以下、少し長いのですが、郭議員のお気持ちです。
 「日本のみなさんが、今回の台湾南部の地震に大きな関心を寄せてくださることに、心より感謝いたします。日本人の皆さんは災害発生後、いのいちばんで物資を送ってくれて、政府の調査団も派遣して下さったことも我々を感激させました。街頭募金や個人での募金をして下さっていることも台南の私たちはよく知っており、本当に有り難いと思っています。
 同時にぜひ知っていただきたいのは、今回の地震は、1万3千人以上の死傷がでた921地震(1999年9月21日に、台中で起きた大地震)や、日本で起きた311東日本大震災などと比べて、全く違う規模であるということです。最も被害が出てしまった台南市でも、その被害は点であって、面ではありません。
 現場の最前線にいる私たちが感じていることで、いま足りないものは瓦礫のなかに閉じ込められている人たちを救出するための時間だけです。あとは、人員も物資は幸い有り余るほど集まってきています。震災の復興のための資金も、台湾や日本の人々からすでに十分にいただいています。これ以上、募金をいただいたら、将来、台湾でもっと大きな地震がおきてひどい被害が出たときに『もう台南の地震でたくさん募金した』と言われてしまうのではないかと心配になるほどです。日本の皆さんのお気持ちは台湾社会にしっかり伝わっており、みんな涙が出るほど嬉しい思いでいっぱいです。そして、もしもさらに台南市を助けて下さるという気持ちを持っていただけるなら、今後も皆さんに、以前と何もかわらずに台南に何度でも観光や仕事に来ていただきたいと思っています。それが台南への励ましになります。日本の方々をおもてなしできる魅力ある台南のままです」。
 台湾加油!郭議員加油!台南天祐! 台南市は古都で観光スポットもまとまっていて、足を延ばせば、烏山頭ダムや関子嶺温泉もあります。私も次回の訪問を少し早めにしようと考えています。

陛下が諭されている

ph1-h27e-birthday2わが国の元首である天皇陛下が82歳のお誕生日をお迎えになられました。心よりお祝いを申し上げます。それに先立つ18日、皇居内で記者会見を行われています。その全文は宮内庁のホームページで見ることができますが、私がとても印象的だったのは以下の文章です。一部を切り取ることは恐れ多く、極めて僭越ですが、ここに陛下の大御心が表れているのではないでしょうか。「この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」。これからもお健やかにお過ごしになられることを祈念申し上げます。(お写真は宮内庁のホームページからお借りしました)

今日のお昼ご飯

今日の自宅でのお昼ご飯は先日に続いてオリジン弁当さんのものでした。その名前は「15層のミルかつ弁当」で、企業のホームページには「大人気のミルかつが新しくなって帰ってきました!当社史上最高の厚み、最高の層数で、サクッとフワッとした最高の食感をご堪能あれ!」とありました。かなりの自信作なのでしょうね。750キロカロリー、塩分2.0グラムでお値段は税込みで550円。卵入り野菜スープは妻が作ってくれました。
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「神戸山口組」が勝ち残る?

IMG_2697 いろいろな評価はあるようですが、この分野でのノンフィクション作家としては第一人者である、溝口敦さんが意外なことを言われいます。日本外国特派員協会での発言ですが、以下がその部分です。「現在のところ勢力比は”7対3”で『6代目山口組』が優勢ですが、勢いとか人気の点で、どうも『神戸山口組』が優勢なんじゃなかろうか、ゆくゆくは”五分五分”になり、最終的には割って出た側の『神戸山口組』が勝ってしまうんではなかろうかという風に私自身は観測しています」。
 正直なところ、“ほんとかな?”と思ったのですが、今回の分裂騒動では神戸山口組の戦略として優れているのは、神戸という地名は加えたものの山口組の名称を引き続き継承していること。そして、山菱の代紋も以前とまったく変えることなく使用していることの二つではないでしょうか。いずれも、双方で25名が殺され、結局は山口組が勝利した“山一戦争”を教訓を生かしていると思います。分裂した当時、、山口組に対して勢力がかなり優勢だった一和会が敗北した原因は、名称をまったく馴染みのないものをしたこと、同様に代紋も丸いものに変えたからです。特に関西では山口組という名称と菱の代紋がなければ結局、仕事ができず、雪崩を打って一和会は消滅していましました。
 それから、警察も情報収集にはなかなか苦労されているようです。県(府)警や警視庁が警察庁の指示でがさ入れをしたり、それぞれが独自の判断で捜索を行っているのでしょう。余談ですが、先日も山健組の捜索のとき、失礼ながら面白いやり取りがあったと報道されていました。入口での組員と捜査員との怒号が響く中、大阪府警の捜査員が、「県警ちゃうぞ、府警やぞ!」と恫喝したそうです。もちろん、この場合の県警とは兵庫県警のことですね(≧∇≦)
 さて、前述の情報戦ですがしばらくはナーバスな展開が続くのでしょうし、昔と違って警察も彼らから情報が大変取りにくくなっています。特に弘道会が実質的に山口組を仕切るようになってからはなおさらのようです。やはり、一番のネタ元は実話系週刊誌の「本誌だけが知っている」、「本誌が掴んだ決定的内情」が案外当たっているかもしれません。もっとも、有力組長から週刊誌記者へのタレこみもあるようですが。

ロペさんとアキラ先輩

IMG_3156 フジテレビの朝の総合情報番組「めざましテレビ」で6時45分から放映されている「紙兎ロペ」は2012年11月からスタートしたそうで、もう、3年間の実績があるのですね。私は以前にもお伝えした通り、阿佐ヶ谷駅、荻窪駅、南阿佐ヶ谷駅での駅頭活動では番組を見てから、それ以外の駅に向かうときは録画しています。いつも、ロペさんと実質的主人公のアキラ先輩との会話が面白く、僅か2分の時間ですが、平日はこれを見ないと始まらないという感じです(≧∇≦)
 ところで、次男が先日買い物に行ったとき、クレーンゲームで写真手前の二人のグッズを取ってきてくれました。カバンなどにぶら下げるのも良いでしょうが、本当は携帯の画面クリーナーのようです。私は事務所の書棚に置いてあります。
 また、紙兎ロペでは背景がけっこうしっかりしていて写実的ですし、バス停、コンビニ、駄菓子屋などの看板、ポスターにはとてもユニークなことが書かれていて、これらを探し、読むのも一興でしょうか。それを楽しみにしている方も少なくないようです。ちなみに、ぬいぐるみはテレビ局のお土産屋さんで購入したものです。

英霊にお参りする(Fb掲載分)

 靖國神社に来ました。英霊に手を合わせましたが、夕方のこの時間でもまだまだ蒸し暑いです。70年前のこの日はどうだったのでしょうか。
 さて、昭和大帝はこの神社に昭和53年5月以降は参拝されていませんし、今上天皇も即位以来同様です。一日も早く、わが国元首である天皇陛下が参拝されることができるよう、環境整備をしなければならないと強く思います。
 また、アジア・太平洋戦争で亡くなった日本軍の将兵の数は約240万人ですが、その7割以上は飢餓、栄養失調、感染症などで生命を落としています。いかに先の大戦が無謀なものであったのか、これだけでも分かるのではないでしょうか。遠く祖国を離れた南洋で、極寒のシベリアで、無念の死を遂げた皆さんのことを想う今、あらためて、平和の尊さを考えています。
 それから、昨晩、安倍首相が談話を発表しました。全体的はまとまっている文章と思いますが、各本面の調整を優先したためか、逆に安倍さんのカラーが抑えられているようでした。本当は不満なのでしょうね。私は3回読んでみましたが、特に何も感じませんでした。
 合掌。
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ペリリュー島の慰霊の旅

IMG_2544 天皇陛下、皇后美智子さまが戦後70年の慰霊の旅とされている、ペリリュー島の「西太平洋戦没者の碑」前で日本からお持ちになった白い菊を供花をされました。
 不肖“泣き虫カディー”はそのお姿を拝見し、また、祖国から遠く離れた熱帯の小さな島で玉砕した英霊たちのことを想い、涙が出てきてしまいました。両陛下、ありがとうございます。
 そして、目の前にあるアンガウル島に向けて拝礼され、その後、アメリカ軍の戦死者の慰霊碑にもお参りをされるとテレビの解説者が言っていることを聞き、穏やかな両陛下のお顔を拝見して大御心に触れることができたように思いました。
 ところで、余計なことは言わないほうが良いと分かっているのですが、天皇陛下がお背中で諭されていることを、安倍晋三さんと菅義偉さんのお二人はどれだけお分かりなのかなと思ってしまいます。多分、何も感じないというか、もしかしたら、別の感情さえ持たれているかもしれません。
 論理が飛躍してしまうのですが、この安倍政権は一刻も早く打倒しなければなりませんね。

天皇皇后両陛下の深い想い

IMG_1133写真は私の活動を応援していただいている、ある団体からいただいた「皇室御写真カレンダー」です。
天皇ご一家、皇太子ご一家、秋篠宮ご一家など、皇室の方々のお写真6枚(メモ書き込み日程表が別に6枚)で、ご覧のように2カ月単位になっています。
写真は今年の7月と8月分で、いつもながらとても素敵な両陛下が自然体でいらっしゃいます。恐れ多いことですが、わが夫婦もお二人のお姿を見習いたいと思っています。
さて、宮内庁から先日発表された天皇陛下の「ご感想(新年にあたり)」が各方面で話題になっているようです。以下その全文を宮内庁のサイトから引用します。
「昨年は大雪や大雨,さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ,家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。
 また,東日本大震災からは4度目の冬になり,放射能汚染により,かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。昨今の状況を思う時,それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ,地域を守っていくことが,いかに重要かということを感じています。
 本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。
 この1年が,我が国の人々,そして世界の人々にとり,幸せな年となることを心より祈ります。」
平成に入ってから毎年出されている「ご感想」ですが、特に“満州事変に始まる~”の部分が注目されていると報道されています。考え方はいろいろあるのでしょうが、私はこの国の元首の重みのある文章としてそのまま受け止めさせていただきました。

また、少し前のことになりますが、そのときに私もこのブログで書いた皇后陛下・美智子さまの「お誕生日に際し」の文章も大変印象の強いものでした。以下、恐縮ですが、その一部を紹介させていただきます。
『これまで訪れた国々で,いずれも心はずむ文化との遭遇がありましたが,私は特に,ニエレレ大統領時代のタンザニアで,大統領は元より,ザンジバルやアルーシャで出会った何人かの人から「私たちはまだ貧しいが,国民の間に格差が生じるより,皆して少しずつ豊かになっていきたい」という言葉を聞いた時の,胸が熱くなるような感動を忘れません。少なからぬ数の国民が信念として持つ思いも,文化の一つの形ではないかと感じます』。 (太字は門脇)この訪問は今から30年以上昔の昭和58年のことです。つまり、皇太子妃の時代です。
私がかつて所属した民社党は他党から「防衛と皇室については自民党よりも右」と揶揄されたことがあります。右だ左だというのはその人の立ち位置で相対的に軸が動きますが、現在でも当時の考え方は間違っていないと思っています。
天皇皇后両陛下の深く、優しい想いをあらためて感じさせていただいています。

皇后美智子さまの深い想い

ph1-h261020-pre2[1]一昨日の午後2時からTBSで「美智子さま傘寿お祝い 心よせ愛のうた」というタイトルの特集番組が放映されました。申し上げるまでもなく、皇后陛下美智子さまは今月20日に傘寿(80歳)を迎えられました。
80分ほどの番組は大変良く構成されていて、美智子さまの温かく、優しいご性格をあらためて感じました。
そして、私は天皇陛下と美智子さまがいわゆる”対馬丸事件”に今でも心を痛めていらっしゃることを初めて知りました。また、番組では当時、対馬丸に乗船していた生徒を引率した女性の70年間の苦しみを丁寧に描いていました。
それで、私はまだ読んでいなかった美智子さまの「お誕生日に際しての宮内(庁)記者会の質問に対する文書ご回答」の全文を読んでみましたが、この中に次のような文章がありました。(宮内庁ホームページより一部を転載)
『第二次大戦では,島々を含む日本本土でも100万に近い人が亡くなりました。又,信じられない数の民間の船が徴用され,6万に及ぶ民間人の船員が,軍人や軍属,物資を運ぶ途上で船を沈められ亡くなっていることを,昭和46年に観音崎で行われた慰霊祭で知り,その後陛下とご一緒に何度かその場所を訪ねました。戦後70年の来年は,大勢の人たちの戦中戦後に思いを致す年になろうと思います』。
対馬丸との表現はありませんが、これで天皇皇后両陛下の深い想いをとても良く理解させていただきました。それから、次のような文章もあり、私は強い感慨をもって読み進めました。
『これまで訪れた国々で,いずれも心はずむ文化との遭遇がありましたが,私は特に,ニエレレ大統領時代のタンザニアで,大統領は元より,ザンジバルやアルーシャで出会った何人かの人から「私たちはまだ貧しいが,国民の間に格差が生じるより,皆して少しずつ豊かになっていきたい」という言葉を聞いた時の,胸が熱くなるような感動を忘れません。少なからぬ数の国民が信念として持つ思いも,文化の一つの形ではないかと感じます』。(太字は門脇)
この両陛下のタンザニア訪問は皇太子同妃両殿下時代の昭和58年、つまり今から30年以上昔のことです。私は美智子さまが今何故、ご自分のお誕生日にあたり、数多くの外国訪問の中で、しかも遠い過去の想い出をお話になったかを考えると、とても複雑な思いを持ちました。「ああ、諭されているのだな」と。
私は世界に誇れる元首である天皇陛下と奥様の皇后美智子さまがいらっしゃる幸せを再び感じました。
(写真は宮内庁ホームページの”ご近影”からです)