稜ちゃんと「西武園ゆうえんち」に

前回は休園日でしたが、その西武園ゆうえんちに孫の稜ちゃんと行ってきました。彼はまだ2歳ですが、園内にある「ハローキティ メルヘンタウン」ほとんどのアトラクションに乗ることができ、とても楽しかったです。また、先日から営業が再開された大観覧車にも乗りましたが、思っていたよりてっぺんが高く、私はとても怖かったです。それから、特設会場のローズガーデンはもの凄く素敵でした。

木目調の駅名標がいいですね

京急の120周年記念イベントは幅広く行われていますが、川崎大師駅の記事のときにもお伝えしたとおり、沿線3駅で木目調の駅名標が設置されていて、必ず見てこなければと思っていました。スタンプラリーみたいなものですね。

それで、その3駅は浦賀新逗子黄金町で、もちろん、本物の木材が使用されているわけではありませんが、なかなか良く作られていると感じました。また、昭和5(1930)年4月にこれらの区間が開通したことが書いてありました。

それから、グッズショップの写真ですが、ここは先日紹介した京急百貨店の5階にあり、京急以外にも数多くの鉄道関係グッズが販売されていて、私は2種類のクリアファイルを購入しました。

そして、右側のジオラマは実際に操作できるそうです。後ろに運転席があり、そこで運転して動かすことができると店員の方が説明してくました。お子さんは真ん中にある制服を着て、帽子をかぶってトライすることもでき、孫が大きくなったら連れてこようと思いました。

『リラックマ』の駅名標が可愛いです

昨日、JR田浦駅のことをアップしましたが、その帰り道、JR久里浜駅まで行って、隣接する京急久里浜駅に入り、ホームでふと見上げると、写真の駅名標がありました。私の特にリラックマのファンではないのですが、ちょうど、乗務員さんが通りかかったので、「このコラボ看板はほかにはどこの駅にあるのですか?」と尋ねたら、「ハイ、上大岡駅と空港線の大鳥居駅にあります」とにこやかに教えてくれました。

それで、上大岡駅にあることは知っていたのですが、「せっかくだから、上大岡駅と大鳥居駅で実物を見てみよう」と思いました。そして、先日の川崎大師駅とは異なり、3駅ではホーム上の駅名標はすべてリラックマバージョンになっていて、上大岡駅では乗車目標位置表示にもリラックマがいることを発見できるという嬉しいおまけもありました。

それから、駅上にある京急百貨店に初めて入りましたが、銀座や新宿のデパートにも引けを取らない品揃えをしているように感じました。また、京急のグッズショップもあり、写真の布製トートバックを購入しました。こちらも、リラックマとのコラボ商品が数多く販売されていて、帰るころにはすっかりファンになりました。

横須賀線の「田浦駅」って?

私は小学校卒業まで横浜市金沢区という場所に住んでいましたが、自宅から徒歩数分で横須賀市内でした。駅でいうと京浜急行の追浜駅で、その一つ先に京急田浦駅があります。国道16号線沿いにあり、普通電車しか停車しませんが、そこそこの商店街もあります。

一方、JR横須賀線にも田浦駅があり、両駅間は歩いて20分くらいありますが、こちらは地元の方にには失礼ながら、何となく忘れられたような雰囲気が漂っています。駅舎にはいまだに木材も使われていて、空気がとてもゆっくり流れているように感じました。

そして、この駅の特徴はトンネルとトンネルの間に位置していて、車両の編成とホームの長さから、横須賀駅方向、横浜駅方向ともに先頭車と2両目扉の一番前寄りが開きません。つまり、そこはトンネルの中とギリギリトンネルに掛かっています。車掌さんがドアの開閉しますが、こんなことができるのですね。

それから、北口では駅に隣接するマンションにお住まいの方とお話することができました。湘南新宿ラインも開通してずいぶん経ちますが、駅の乗降客は年々減っているとお聞きしました。写真の方ですが、ご覧のようにエレベーターもエスカレーターもなく、これからも難しいと嘆いておられました。

ちなみに、湘南新宿ラインは逗子駅止まりですから、それ以南には入ってきません。横須賀線・総武線は15両編成が多いのですが、逗子駅で前より4両は切り離しになり、横須賀駅や久里浜駅までは11両で走ります。そのほかにも、逗子駅と久里浜駅間を4両で運行している列車もあります。

『結び目を解くマリア』

WOWOWで映画「ローマ法王になる日まで」を観て感動しました。私は過去からローマ法王様のフランシスコさんが大好きで、自分の部屋には何枚かの写真などを飾ってあります。この映画の「振り返れば、いつも彼らと共にいた~現ローマ法王の知られざる激動の半生を描く感動のヒューマンドラマ。」のコピーどおりの素晴らしい映画でした。

そして、その映画の中でとても印象的だったのが、若き日の法王様が日本への赴任を希望されていたことです。日本のカトリック人口が最盛期の半分になってしまったことを嘆き、それを再建するための目的だったようです。また、エンドロールでは「法王が日本に来られる日も近いだろう」という主旨のテロップが流れます。そうなるとすごく嬉しいですね。

それから、神学を勉強するためにドイツに留学されていた「ベルゴリオ(本名)神父」が、アウグスブルグのペルラハ聖ペトロ巡礼教会で『結び目を解く(聖母)マリア』の絵画を観て、隣りに座っていたベネゼエラ出身の中年女性からそのカードを受け取って、二人で感極まるシーンでは、私も涙してしまいました。

この映画の解説に、「『誰もが結んでしまう苦悩の結び目を解いてくれる』というマリア様に、自分の“結び目”を心で唱えたベルゴリオは、涙が止まらなかった」とありました。その絵画の真ん中にはマリア様が、その左右には天使がいます。右の天使が持っているリボンにはいくつもの結び目があり、それがマリア様の手元で解かれ、左の天使が受け取っています。

なお、劇中ではベルゴリオが、この絵が描かれたカードを今度は自分からほかの人に渡す場面もあったので、私もそれが欲しくなって四ツ谷にある「ドン・ボスコ」に行って、3種類のパウチカードや絵葉書などを求めてきました。カードは何枚かパス入れにストックしておいて、興味のある方に差し上げようと思っています。

ちなみに、慈悲深いマリア様はカトリック信者やキリスト教徒でなくても、結び目に象徴される不安、過ち、苦悩、揉め事などからお救いくださるそうです。傍からはどんなに順風満帆な人生や生活、家庭に見えても、誰もが何らかの悩みを抱えていることでしょう。そんなとき、私もこのカードにそっと触れることにします。

「ガールズケイリン」は素敵でした

競馬の騎手は知らないのですが、ボートレース(競艇)では、女子選手が男子選手に混じって普通にレースが行われていますし、もちろん、女子6名だけで走る試合もあります。一方、オートレースの人数はかなり少ないですが、競輪は100名を超える元気な女子選手が頑張っています。

それで、今回は立川競輪場に行って、ガールズケイリンを見てきました。6Rと7Rで、それぞれ、7名の選手が出場していましたが、場内の声援も「優香ちゃん、いいね!」など、けっこう優しく飛んでいました。男子の場合とは会場の雰囲気もかなり異なるようです。

ところで、女子競輪(正式名称)の歴史は古く、昭和24年から同39年まで存在してたそうです。その後、人気がなくなって廃止されましたが、6年前から復活しています。レディース競艇や橋本聖子さんの影響もあったのでしょう。なお、エキシビションとしてはこれ以前にも実施されていたようです。

そして、前述したように7車立て(男子は9車が多い)で、詳しいことは分かりませんが、自転車も男子と比べてしっかりとした作りになっているように見えました。なお、階級はいまのところ、全員がL級1班ですが、選手の数が増えていけば、上級班もできるかもしれません。

それから、当日の2レースには外国人選手が出場していました。6Rにはフランスのマチルド・グロさん、7Rにはオーストラリアのステファニー・モートンさんで、モートンさんは見事、1着でゴールしました。私も贔屓の選手を早めに決めて、応援を集中したいと思います。

また、立川は全国でも一番お客さんが多い競輪場とのことで、確かに西武園競輪場と比べても桁違いのファンでむんむんしていましたし、食堂などの店の数も同じでした。お惣菜の数もとても多く、どれも美味しそうで、写真のお店ではありませんが、フライの種類がすごく充実していて、次回はしっかりといただくことにします。

京急120周年~川崎大師参拝

われらが京浜急行が120週年を迎えたことをお伝えしましたが、その一環として、大師線の川崎大師駅の看板がレトロ調になっていることを知り、現物を見に行ってきました。いつまでの期間限定かは分かりませんが、通常のもの(京急HPより引用)も載せておきましたので、合わせてご覧いただければ嬉しいです。

なお、ホームの看板も1枚だけ同じ様になっていましたし、黄金町駅、新逗子駅、浦賀駅の木目調の看板に筆字で駅名が書いてあるとのことです。三つの駅の設定がなかなか良く考えられたロケーションになっていると思いますが、近日中に必ず訪問します。

ところで、京急の発祥はこの大師線だそうで、駅の横にはその記念碑がありました。そこで写真を撮ったあとは、せっかくなので、川崎大師にお参りしてお護摩をお願いしてきました。広い畳敷きの大本堂は老若男女で満員でしたが、前回に比べて僧侶の数が少なかったように感じました。

それから、話題になっていた品川駅の行き先別の整列案内表示ですが、実際に見てみるとなかなか迫力がありますし、評判も上々とのことです。また、行きの普通電車は京急の現役車両では最古参の800形に乗りましたが、懐かしい扇風機が優しく回っていましたし、「KHK」の文字に哀愁を感じました。

多摩川競艇と西武園競輪

埼玉県所沢市にある西武園競輪場で開設68周年記念レースが開催され、全国で2千6百名以上いる選手のうち、僅かにたった9名しかいない「S級S班」の選手が5名も出場すると聞いて、JRと西武線を乗り継いで行ってきました。

それで、その下車駅の西武園駅の階段を上がり、改札口を出ると、右側にはグレーの色合いが強いオジサマたちが、左側には若いカップルや楽しそうな家族連れがくっきりと分かれて進んでいきます。なかなか“シュール”な光景ですね。

そして、最終の優勝戦にはSS選手が3名も出場したのですが、結果は何と!7、8、9位(9名で走ります)でした。こんなことがあるのかと驚きました。配当は3連単で55万円を超えていました。100円買って55万円です。

ところで、この競輪場の名物は「串もつ赤&白」で、とても美味しかったです。また、ビールは場内に持ち込み禁止なので、お店の方が缶からプラコップに移してくれました。ちなみに、串もつはどちらも180円です。

それから、競輪の前に時間があったので、武蔵境駅から同じく西武線で競艇場前駅で下車して、多摩川競艇(「ボートレース多摩川」が正式名称)にも行ってきました。ここは初めて訪問しましたが、とっても広く、開放感がありました。

また、第一ターンのところまで近づくことができ、迫力満点で臨場感抜群です。客層は競輪やオートレースと同じですが、競馬は違うのでしょうか。競馬場には行かないのですが、ちょっと興味のあるところです。

なお、家に帰ったら、次男一家が来ていて、その次男が「何で賭けないの?」と言い、妻も「私だったら賭けるけど」と相槌を打っていました。私は競輪も競艇も賭けなくても十分に楽しいので、家族の会話が少し分かりませんでした。

遊園地はお休み~野球場へ

次男一家への支援体制も密度が濃くなってきました。今回は稜ちゃんと西武園ゆうえんちに向かいました。西武新宿線の下井草駅から電車に乗って萩山駅で乗り換え、西武遊園地駅に着き、けっこう長い階段を上がって遊園地正門に到着しました。

でも、何となく周囲の雰囲気がおかしいので、入口の看板を見たら、「休園日」と掲示がありました。「どうしようかな~」と思って、その階段を下りましたが、駅ホームの先には山口線があったことを思い出しました。

それで、それに乗って今度は西武球場前駅に着き、何となく球場前がざわめいていたので、そばに寄ってみると、西武ライオンズ横浜ベイスターズのイースタン・リーグの試合が間もなく始まるところでした。

稜ちゃんに昼ごはんも食べさせなくてはいけないし、私もこのドームには入ったことがないので、チケットを購入して中で遊ぶことにしました。入り口のお嬢さんが、「バックネット裏でもどこでも自由席ですよ」と教えてくれたので、そこに二人で座りました。

そして、しばらくすると予定どおり、稜ちゃんが飽きてきたので、両軍の選手には申し訳ないのですが、球場をあとにして再び電車に乗って下井草駅に向かい、途中にある焼き鳥屋さんで買い物をして無事、お嫁さんに稜ちゃんと届けました。

ところで、この焼き鳥屋さんには、『心残り』『白レバー』『そり』『おび』など、いわゆる「希少部位」がけっこうあり、せっかくなので、全種類を2本ずつ買って、半分は次男一家にプレゼントしました。どれも美味しかったです。

東武野田線に乗って春日部へ

イトーヨーカドー春日部店で開催されているイベントに行ってきました。春日部駅までの電車ルートはいくつかありますが、今回は湘南新宿ラインと東武野田線を使うことにしました。でも、新宿駅ですぐに発車する埼京線快速がありましたので、それに乗って大宮駅に向いました。最近は湘南新宿ラインを利用することが多かったので、埼京線は久しぶりで良かったです。

それで、野田線の愛称が「東武アーバンパークライン」になっていることを初めて知りました。この沿線のどこが“アーバン”で、どこが“パーク”なのかよく分かりませんが、何となく素敵な名前ですね。ここには特急も走っているようで、改札口を入ったところに、乗車待ちスペースがありました。すべての車両が座席指定だと思うのですが、どうして並ぶ必要があるのでしょうか。

ところで、東武鉄道は近鉄(近畿日本鉄道)に次いで、わが国では2番目に長い路線を有していて、総延長は約463kmだそうです。また、イメージアップにも熱心で、今回の路線もそうですが、伊勢崎線はいち早く「スカイツリーライン」になっています。東上線も「グリーンフォレストライン」になれば嬉しいです。あと、宇都宮線はもちろん「ギョウザライン」、大師線は「サンクステンプルライン」などはいかがでしょうか。

さて、春日部駅の駅舎上にはご覧の「クレヨンしんちゃん」の看板がありました。口の悪い友人が、「埼玉なんて、秩父と川越とただ暑いだけの熊谷しかないじゃないか”」と言っていましたが、私はすぐに反論しました。「春日部があるぞ!そして、春日部にはクレヨンしんちゃんがいるじゃないか!」と。

それから、ほんの少し歩いてIY春日部店に向いましたが、店舗の反対側には大塚家具がありました。ここが創業の地と聞きましたが、残念ながら来月末に閉店するそうです。親子が仲違いしてしまいましたが、ここの労組にはとてもお世話になったので、組合が今どうなっているのか心配です。

定番になった映画から串カツへ

TOHOシネマズ新宿で映画を観て、小田急ハルク地下にある串カツ屋さんで食事をするのがすっかり定番になりました。今回はアメリカアニメの「ボス・ベイビー」でとっても面白かったです。また、いつもはそれほど混んでいないシネマズですが、「名探偵コナン」が上映されていたせいか、とても賑わっていました。コナンって、大人にもかなりの人気があるのですね。串カツ屋での飲み物は、生ビール→ホッピー→ハイボールとなります。それにしても、顔が赤すぎます。そんなに飲んでいないのですが。

✿祝✿京浜急行創立120周年

 大好きな京急(京浜急行電鉄)が創立(明治31年:1898年)を迎えました。小学校卒業まで横浜市金沢区六浦町(現・六浦東)に住まいし、その市立小学校の敷地に隣接して京浜急行が走っていました。そのこともあり、想い出がいっぱいの京急にお祝いを申し上げます。
 それで、写真は“ぴあ”が発行したムックで、公式とは書いてありませんが、そのような位置づけのようです。「おでかけガイド」がちょっと商業的過ぎるような気もしますが、全体の構成はよくできていると思いますし、付録のトートバッグの生地と作りはしっかりしています。
 それから、120周年記年のイベントなども詳しく紹介されていて(京急ホームページにも載っています)、私も時間ができ次第、川崎大師駅、上大岡駅(デパート)、横浜シーバス、黄金町駅、浦賀駅などを尋ねる予定です。また、お伝えしますので、ご覧をいただければ嬉しいです。

颯ちゃんと宇都宮を訪ねました

今回の稜ちゃんとジイジの小さな旅は宇都宮でした。私は中学高校時代の6年間、ここに両親とともに住まいをしていました。ですから、この街はとても懐かしく、電車を乗り継ぐことも目的だったのですが、どちらかというと、ジイジの想い出を満たす訪問みたいになりました。

古河駅のホームで稜ちゃんをお嫁さんから引き取り、次の電車に乗って宇都宮駅に向いました。駅を降りたあとは近くのマックでいつもそのようにランチして、母校である宇都宮市立旭中学校を訪ねました。

そこでは幸いにして、校庭に3人の先生がいらっしゃったので、自己紹介をしたあと、学校の近況などを詳しく教えていただきました。ただ、校舎や近隣には当時の雰囲気はまったくなくなっていて、あれから数十年の流れを感じました。

先生方にお別れの挨拶をして、今度は中心地にある二荒山神社に行きました。このあたりもかなり変わっていて、神社の鳥居なども立派になっていました。稜ちゃんに、「上まで階段で上がる?」と聞いたら、予想外に「ウン!」となり、神殿まで行きました。「偉いね!」と言ったら、そのことをママに電話したいと言ったので、リクエストにお応えしました。よほど嬉しかったのでしょう。

それから、オリオン通り商店街を歩き、東武宇都宮駅に到着し、今度はこの路線で終点の栃木駅行きに乗りました。余談ですが、オリオン通りには餃子屋さんが数多くあり、そのためか“昼飲み”ができるお店も多かったです。また、「餃子消費量の日本一奪還」おめでとうございます。

東武栃木駅はJR栃木駅と隣り合わせになっていますが、そのホームを特急リバティが入線してきて、それを見た稜ちゃんはもの凄く嬉しかったようです。ただ、リバティのプラレールを買ってやることを約束させられました。

ここから今度は両毛線に乗車して小山駅で宇都宮線のホームに移動して、振り出しの古河駅に向いました。いつもそのように、歩いて自宅に戻りましたが、その途中で新しく開店した食品スーパーでお買い物をして、無事にママにお渡ししました。私も湘南新宿ラインと丸ノ内線で南阿佐ヶ谷駅に無事到着しました。

『安全側線』を見に行く

縦長の写真などは西武国分寺線恋ヶ窪駅近くで撮りました。黄色い電車は手前方向、つまり、この駅に向かって進行しています。その先は終点の国分寺駅になります。ちなみに、この路線は国分寺駅と東村山駅を結んでいて、時間帯によっては本川越駅までの直通もあります。

それで、単線区間が多い国分寺線ですが、地方のそれと異なり、日中でも10分おきに上り、下りともに走っています。ですから、上下線ともに駅の手前にポイントが設置されていて、両方の電車が駅で入れ替えになるシステムになっています。駅がない場所で交換するのは“信号場”と称しています。

それから、左側の線路の上の方に不自然に、中途半端に延びているレールがありますが、それが今日のタイトルの「安全側線」です。何かの理由で下り電車が恋ヶ窪駅に停車できず、しかも、上りも右側の線路に全車両が入線していなければ、最悪の場合、正面(あるいは側面)衝突してしまします。ですから、過去には「突っ込み線」という恐ろしい名前だったそうです。

それを避けるために、上り電車がホームに停車するまで、安全側線のポイントは左側に進むようなっていて、停車が確認されれば本線に切り替えられ、今度は下り電車が無事に出発していきます。何だか得意げに、ほとんどの皆さんが興味のないことを説明して申し訳ありません。

ただ、強制的に脱線させる場合でも、すごいスピードで突っ込んできた電車はこの距離では停まりませんから、逆に大事故になる可用性があります。現在でもこのシステムは可動していますが、ほかの制御方法で安全はしっかり担保されているそうです。なお、10秒ほどの動画にはポイント切り替えの瞬間が写っています。その音も今回は拾うことができました。よろしかったら是非!

 

 

 

 

不可解だった検察のリニア談合捜査

JR東海が発注したリニア中央新幹線の建設工事を巡るスーパーゼネコンの談合事件は、少し前にその4社と二人の個人を独占禁止法違反で東京地裁に起訴して東京地検特捜部の捜査は終了し、これからの裁判所でのやり取りが注目されます。

タイトルの“不可解”のその一は、一般的にこの種の談合では摘発された企業が皆んなで“ごめんなさい”となるのですが、4社の中で、大林組清水建設は早々と白旗を掲げ、あとの鹿島建設大成建設は徹底抗戦の構えを貫く覚悟ということです。

そして、その二は全体で24件のうち、起訴した案件は僅かに3件のみということです。しかも、「実はほかの案件でも談合がありました」と大林組がわざわざご注進しているのに、なぜか地検特捜部は起訴していません。

その理由は私には分かりませんが、これは会社の処分も同様で、清水と大林は役員の報酬返上などを行うようですが、“無実”を主張する鹿島と大成はそれをするつもりはないのでしょう。決定的に4社の対応が2グループに分かれました。

もちろん、検察は最初から“すみません、深く反省しています”という企業や個人には比較的寛大な処置をしますが、その反対の場合は徹底的にお仕置きを加えます。検察はけっこう容赦なくいじめ抜くのですね。


実際、恭順の意を示した2社の二人の幹部は在宅で捜査して、起訴猶予(つまり不起訴)とお目溢しをしてもらい、逆らっている2社にはたびたびガサ入れを行っています。私は日本の検察を信頼していますが、こんなに差別して良いのでしょうか。


また、独占禁止法の課徴金減免制度(リーニエンシー)って、捜査を進めるのに必要なんでしょうが、個人的には仲間を売っているようで好きになれません。私は4社と関係はありませんが、不謹慎ながら、“鹿島&大成、頑張れ!”と思ってしまいます。


それから、検察や検事さんは悪を懲らしめるために日夜、奮闘努力しているのでしょうが、組織としてはときに「政治」を利用しますし、個人の人間性が誰もが優れているとは限らないでしょう。要するにここも人が仕事をしているわけです。


それで、区議会議員時代のことですが、高検検事長を歴任された参議院議員に同僚の選挙応援で来てもらったとき、その方は座ったまま足を組んで片手で名刺を渡してくれました。長い議員生活でそんなことは最初で最後でした。


さて、今回の森友問題では大阪地検からの情報リークが半端ではないと関西の知人が言っていました。真相は私にはまったく分かりませんが、そう言われてみれば納得みたいな感じもあります。しかも“ダダ漏れ状態”かなとも感じます。


もっとも、この重大な犯罪である国家公務員法違反の捜査情報漏れをマスコミが指摘することは今までも、これからも一切ないでしょう。検察だけだはなく、警察も同様ですが、ネタ元をあぶり出すことは絶対にありえませんね。


特に目を三角にして批判するつもりはありませんし、テレビや新聞も百も承知でやっていることですが、数年前からさすがに恥ずかしくなってきたのか、「捜査本部への取材によると」などと枕詞を付けるようになりました。事の本質は同じですが。

再び優しい二人の鉄ちゃんと

 先日も登場した二人の孫、颯之介くんと稜ちゃんですが、今度も鉄道をメインにそれぞれ一緒しました。なお、最近はあまり出番がない最年長の圭佑くんのショットも1枚載せておきます。自宅の出窓のところでやんちゃしている様子です。
 颯ちゃんとは東京メトロ東西線葛西駅に隣接している地下鉄博物館に行ってきました。ここも前回、私が下見をしておいた場所で、見学のあとは近くのマックで昼食を取りました。彼はチキンナゲットが大好きで、必ず一つを私にくれます。
 稜ちゃんはいつもの新宿コースですが、小田急サザンタワー20階から見下ろせる線路と電車の景色がとても気に入ったようで、ずっと眺めていました。もう1枚の写真は反対側の東急ハンズ前で撮りました。

東武博物館&東京スカイツリー

 このところ、たびたび登場する颯之介くんですが、今回は以前に私が下見をしておいた「東武博物館」と「東京スカイツリー」に行ってきました。いつものように、宇都宮線の古河駅で引き取りましたが、後ろのタワーマンションはこの地域のランドマークになっていて、地元の方はこれを見ると安心すると長男のお嫁さんが言っていました。
 東武博物館は展示物の多くは鉄道車両、運転シュミレーター、ジオラマなどですから、彼もジイジもかなり楽しみ、それほど広くない館内に1時間半くらいいたと思いますし、限定のプリクラも撮ってきました。それから、颯ちゃんが「(東武特急の)リバティのプラレール、買って」とリクエストしましたが、まだ、発売日前で一安心でした。
 次に浅草駅、上野駅で乗り換えて東京スカイツリーに向いました。駅前でのお馴染みのピースサインですが、「(両手で)二つできたよ」と喜んでいました。確かに、前回は初めてこのポースができたのですが、さらに進化したようです。また、天候も回復して、展望台からの景色はなかなか良かったです。次回は地下鉄博物館を予定しています。

『小江戸』川越を歩く

 坂戸市の聖天宮を参拝したあと、東武東上線川越市駅で下車し、今度は西武新宿線の本川越駅に歩いて向いました。そして、観光案内所でおすすめコースをお聞きして、一時間半ほどの時間でしたが、半径700mくらいの範囲内のスポットを回りました。
 蔵造りの町並み、時の鐘、菓子屋横丁、中ノ門堀跡、川越城本丸御殿(休館で残念!)などでしたが、平日にもかかわらず、多くの国内外からの観光客で賑わっていました。やはり、埼玉県では秩父と並ぶ観光地なのですね。
 そして、駅まで戻り、再び案内所を訪ねて、地元のお土産を教えてもらい購入しました。帰路は小江戸に来たのですから当然、特急「小江戸」号に乗って西武新宿駅までの車窓からの風景を楽しみました。

二人の楽しい鉄ちゃんと

 颯之介くんと稜ちゃんの二人の孫ですが、休むことなく鉄ちゃんの修行を積んでいます。そこにジイジである私が加わっているのですが、そう遠くない時期にこちらが指導を受けて、立場が逆転する気がします。
 颯ちゃんとはまず、宇都宮線の古河駅まで迎えに行き、古河駅→上野駅→成田空港駅→上野駅→古河駅ですが、そこに私は杉並からの往復が追加になっています。今回の目玉はやはり「スカイライナー」でした。
 そして、その前日は稜ちゃんと一緒で、いつもお伝えしている定番のコースでした。伊勢丹の屋上には梅が美しく咲き、芝生の小さな花々がとても綺麗でした。それと、颯ちゃんはこの日、初めて“ピースサイン”ができました。

JR東労組の脱退者は過半数を超えた模様

少し前に「JR東の労使関係が完全に破綻か」とのタイトルで駄文を載せましたが、その中で登場する私の友人の見立てを公安関係者に見せたら、「このボリュームでよくまとまっていて、分かりやすいです。どこに所属している方ですか」と聞かれましたが、もちろん、答えませんでした。同じ組織の方ですとちょっとまずいですからね。

さて、JR東はダイヤ改正も終わり、その現場での評価はいろいろあるようですが、春闘も決着しました。茶化すつもりはまったくありませんが、「組合を脱退すれば6千円のベア獲得だ!」と揶揄する意見もあると聞いています。6千円は組合費のことでしょう。ちなみにJRは過去、公営企業体だったこともあり、現在でも“オープンショップ制”です。

それで、報道がほとんどなく不思議なのですが、気になるのは脱退者の数でしょう。依然として情報は交錯していますし、脱退届を分会や支部単位で一括保留しているところもあるようなので、正確には分かりませんが、どうやら、過半数(2万2千名)は超えたようです。前述のようにダイ改と春闘が一段落しましたので、今後、脱退のペースが上がるのか、落ち着くのか余談を許しませんが、個人的には拍車がかかると思っていますし、東労組の牙城である乗務員職場(運転手&車掌)でも脱退が始まっているようです。

また、そうなると、「新しい組合が立ち上がるのか?」がさらに気になりますが、今のところ、目立った動きはないようですし、会社も不当労働行為を恐れていますから、しばらくは様子眺めなのでしょう。言っても詮無いのですが、脱退者の受け皿として、JR連合系の組合(ジェイアール・イーストユニオン:僅かに130名)の影響力がほとんどないことが痛いです。

一方、国労(東日本本部)が俄然元気になってきました。運動論はともかくとして、民営分割化のときにあれだけの抵抗をして組合員が激減しましたが、今でも4千人以上の組合員が残っていることに驚きましたし、当局の国労に対しての態度も浦和電車区事件あたりから変化しているようです。また、国労が最近、「国労呼びかけチラシNo.3」を出しましたが、そこにははっきりと“差別はなくなり加入者増加中!”と書かれています。実際、助役などに昇進することも増えているとのことです。

“増加中”といっても、ここ30年間で約200名ですから、全体では微々たる数字ですが、東労組の組合員の半分くらいは過去に国労に所属していましたので、在職の長い人たちは国労に戻っている可能性もあるでしょう。ちなみにその同じチラシには、「国労も動員などをお願いする事はあります。しかし強制や、不参加などを理由に追求することはありません」と書いてあり、不謹慎ながら失笑してしまいましたし、東労組を脱退したときに賃金から組合費控除を停止する方法も丁寧に解説されています。

さらに、革マル派と鋭く対立する中核派の影響力が強いと言われている千葉動労(国鉄千葉動力車労働組合)ですが、会社への批判は相変わらず凄まじいものの、東労組が減退する状況に、「この日が来るのをずっと待ってきた。いよいよ俺たちが本領を発揮する時が来た。闘う時は今だ!」と嬉しさを隠しきれないようです。確かに30年は長かったでしょうが、ほかの地域の仲間を含んでも175名ですから、組織拡大はかなり難儀かもしれません。

それから、JR東労組本部、東京&八王子&水戸地本、高崎地本、東北3地本、横浜や千葉などそのほかの地本の立ち位置がけっこう変化しています。再度、友人に確認したのですが、彼は「これは革マル派独特の戦術で、今後、どのような展開になっても、革マル派の影響力を温存できるように動いている」と言っていました。

感心してはいけないのでしょうが、民主党政権、自民党政権のどちらからも、「JR総連とJR東労組内には、影響力を行使し得る立場に革マル派活動家が相当浸透していると認識している」と指摘されるだけあって、組織温存を最優先でやってきたことはさすが思ってしまいます。そう言えば、最新刊の警察庁“回顧と展望・警備情勢を顧みて”にも同様なことが記載されています。

最後になりますが、来年の参議院議員選挙のことです。JR総連やJR東労組は組織内として「田代郁(たしろかおる)」さんを2016年に当選させましたが、一昨年の同選挙では落選してしまいました。来年夏の参院選へ向けて捲土重来を目指されているようですが、立候補するのかどうか、どの政党で戦うのか注目されます。私は立憲民主党で勝負することが一番いいと考えますが、その立憲民主党の代表である枝野幸男さんは件の政府答弁書に経済産業大臣として閣議署名していますので、悩ましいところかもしれません。

また、彼は松崎明さん(故人)の秘書をされていたそうですが、実際には敵対するセクトの襲撃から松崎さんの身を護るボディーガードだったと、ある公安関係者が教えてくれましたし、民営分割化の前後、動労出身の役員の盾となって鉄労(鉄道労働組合:民社・同盟系)の人たちが移動などのとき、嫌々付き添わされていたとも聞いたことがあります。

もちろん、私にはそれらの真意は分かりませんが、そんなことも含めて、JR東の労使関係から目が離せません。これからの推移によっては、JR北海道、同貨物、JR総連に加盟するJR関連企業の労組にも大きな影響が出る可能性が高くなるでしょう。それにしても、あのとき、鉄労出身者にもう少し指導力があったら、こんな悲惨なことにはなっていなかったと悔やまれます。

もう、JR東日本・東日本旅客鉄道株式会社を一流企業と称することは無理がありますし、この会社はお金を儲けることしか考えていないようです。ですから、就職を目指している学生にもあまり人気がありませんし、現在は労使関係のドロドロを報道されることを会社が抑えているようですが、いずれ明らかになれば、利用者や学生からさらに敬遠されるでしょう。結局は会社内エリートが自己保身のために、指摘されるような組合と馴れ合ってきたことが一番の原因だったという見立てに私は納得してしまいます。
(写真:メーデー中央大会で情宣活動を行う革マル派)

山西省友好記念館が閉館

【今日の写真には一部不愉快になる可能性があるのもが含まれています】
私が愛してやまない埼玉県ですが、その奥の方にある中国の記念館が今月いっぱいで閉館するとの噂を聞き、「それでは」と行ってきました。例によって西武線を乗り継いでレッドアロー号で西武秩父駅に到着しました。それから、小鹿野(おがの)町営バスに乗って、現地に向かいました。

そして、このマイクロバスの乗客は私以外、全員が“節分草”を見に行かれるようでした。それにしても、秩父駅からバスで50分先にある両神(りょうがみ)って、どんなところだろうと思っていましたが、日本の人口の少ない普通の町でした。ただ、花粉が酷かったので難儀しました。

それで、その建物の名前はタイトルのとおり、山西省友好記念館ですが、愛称は神怡館(しんいかん)といって、今から26年前の平成4年に中国山西省と埼玉県の友好10周年の節目に建設されたそうです。しかし、現在ではほとんどお客様が訪れず、残念ながら閉館が決まったようです。

それから、総工費は12億円ですが、平成4年というとバブルのど真ん中で、全国の各自治体でも同じようなことをやっていました。小鹿野町民でも、埼玉県民でもない外野の私が批判することはできませんし、やや、荒っぽい言い方ですが、当時は日本全体が“そんな時代”だったのですね。

さて、記念館内部の展示スペースを見て回りましたが、こうなると展示物が悲しく、寂しく語りかけてくるようでした。館内にお土産屋さんもありましたが、閉館感満載で、8割引で関連グッズを販売していました。そこの女性店員さんからは今日に至るいろいろな経過などをお聞きすることができ、とても参考になりました。

また、私の横にある大きな黒い塊ですが、山西省からわざわざ運んできた石炭です。山西省というと、失脚した令計画(前・中共政治局員)さんくらいしか思い浮かびませんが、山西省は中国の石炭の三分の一が採掘されると説明されていました。写ってはいませんが、本館手前のレストランはとっくの昔にクローズされたそうです。

この記念館の見学記事は以上ですが、隣には「小鹿野町営国民宿舎・両神荘」があり、ちょうどお昼時でしたので、ここで天ぷらそばをいただきました。また、予定にはなかったのですが、良質の温泉があると教えてもらったので、利用させていただきました。結局、記念館、レストラン、露天風呂を含めた温泉と、気づいてみたらすべて独占状態でした。なお、特急の写真は帰路のものです。

「東京時刻表」が楽しいです

不朽のベストセラーである時刻表ですが、鉄ちゃん鉄子の皆さんはご承知のとおり、JRグループの交通新聞社が編集発行しているものと、JTBのそれがあります。私は交通新聞社の「東京時刻表」が好きで、JRや私鉄各社のダイヤが3月に大きく改正になり、それらを載せている4月号を毎年買っています。

通常の月ですと、時刻表は民間企業のお給料日前後に発売になりますが、4月号だけは前述の理由により、10日ごろに発売されています。すいません、時刻表ファン以外はどうでもよい話題ですが。そう言えば昔、「無人島に一冊だけ本を持っていくとしたら?」みたいなクイズがありましたが、もちろん、私は時刻表でした。

また、この東京時刻表には、首都圏100kmエリアのすべての鉄道のダイヤが掲載されているそうです。ですから、写真のように山手線のそれも規則正しく載っています。多分、多くの皆さんは、「それで、何が楽しいの?」と思われるような気がします。でも、タイトルのように“楽しい”のです。

今の時代、目的地までの所要時間、乗り換え、料金などを時刻表で調べる方はいないでしょう。PCやスマホで簡単に答えが出てきますので、それが当たり前になっています。しかし、アナログ時刻表も眺めているだけでも悪くありませんし、けっこう奥の深い世界ですね。ちなみに、4月号は千百ページ以上のボリュームです。

大盛況の箱根駅伝四連覇祝勝会

 渋谷にあるセルリアンタワー東急ホテルで、母校の陸上競技部が箱根駅伝四連覇を達成した祝勝会が開催されました。かなり広い宴会場は超満員で、千人以上のお客様が参加されていました。舞台中央で挨拶されているのは、俳優で卒業生(ご本人は中退と言われていました)でもある高橋克典さんです。
 1月3日にアイビーホールで開かれた報告会はほとんどがOB&OG、現役の皆さんでしたが、この会場には卒業生以外の方々が多くいらっしゃったように感じました。特に若い女性がそうなのですが、お一人様1万円の会費ですから、とてもありがたいことですね。
 また、会場では選手との写真会も行われていました。私は陸上競技部長の内山義英教授と記念写真を撮ってもらいましたし、小涌園前で一緒に応援した後輩と再会することができました。
 なお、お土産も非売品ばかりで嬉しかったですし、ブルボンが陸上競技部とコラボして開発して「ウィングラム」を無料で配布していました。ブルボンは陸上競技部を全面的に応援していただいています。

JR東の労使関係が完全に破綻か

状況がかなり混乱していて、正確なところは分かりませんが、JR東労組の組合員が大量に脱退していること、会社(東日本旅客鉄道株式会社)と組合との関係が破綻してしまったことは事実のようです。以下、労組問題や公安事情に詳しい友人の見立てです。なお、前提としては先日もお伝えしたとおり、この組合には相当数の革マル派の同盟員が指導的立場で影響力を行使していること、しかも、その見解は自民党政権でも民主党政権(当時)でも明確に認めていることです。また、革マル派の正式名称は、「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」で、警察は「極左暴力集団」としています。つまり、世界最大級の旅客鉄道企業内の圧倒的多数組合が革マル派に実質的に支配されているということになるでしょう。関係者からは極めて異様な事態で指摘されているようです。そして、こんな重大なことが起こっているのに、ほとんど報道さていないことも同様に異常です。

まず、31年前の国鉄民営分割化のときの当時の国鉄と労組の思惑を一致させたことが、今起きていることの最大の原因だろう。当局はうるさい国労(国鉄労働組合)を少数派に転落させたかったし、今のJR東労組の主流派を占めている旧・動労(国鉄動力車労働組合)は当時から革マル派の影響下にあり、その独特な組織温存体質から、民営分割化に積極的に協力した。つまり、利害が完全に一致したということだ。それからいろいろあったが、今日までその関係がダラダラと続きていた。しかし、会社は東京五輪や社長の経団連副会長就任のこともあり、端的に言えば、過激派に支配されたこの組合を潰したかったと思われる。

詳しくは検索していただきたいが、十数年前に発生した「浦和電車区事件」を契機として、それまである意味、東労組を利用してきた(その逆も)会社もさすがにおかしいと感じ始めて、労務政策を少しずつ転換してきた。そして昨年、労組がスト権投票(実際にはみたいなもの)を実施して、今年の春闘はそれを背景に交渉を有利に進めようとしてきた。

このストは対象職場を限定したもので、電車が止まって利用者に迷惑をかけるものではなかったが、会社はここぞとばかりに、「(ストは基本的に封印している)労使共同宣言を踏みにじった。宣言は失効だ!」と労使交渉で明言した。なお、先日の富田社長の記者会見でもこのことは触れられていたが、なぜか、ホームドアのことばかりが報道されていたのは解せない。

労組も当初はある程度、ストは見せかけだったので、会社の強硬な姿勢は予想できなかった。これはまったくの読み違いであり、戦術の決定的なミスで、ここから組合員の大量脱退が始まった。それまでも、度を越した選挙運動や平和行事への参加、運転職場(運転手と車掌)への極端な優遇などで、つくづく嫌気が差していた多くの組合員は起こっていることを見て、読んで、会社も(脱退した)組合員は全力で守ると遠回しに言い始めたこともあり、その動きが加速している。

それでは、どのくらいの組合員が脱退しているかだが、正直なところ、情報が交錯していてはっきりとは分からない。それでも、選挙速報ではないが、“過半数に届く勢いか”という趨勢のようだ。ただ、過半数を越えればさらに雪崩を打っていく可能性は否定できない。ちなみに、会社の直近の有価証券報告書によれば、JR東労組の組合員数は4万4千人弱である。

現在のところはJR東内に新しい労働組合を動きはないし、脱退した組合員が既存の他労組に加盟はしていないが、4月には新卒を迎えることもあり、いつまでもこんな状況が続くとは思えない。JR東には穏健派のJR連合系の労組もあることにはあるが、今まで東労組の占有率があまりにも高すぎたので、少なくても当面はその受け皿にはなりえない。もしかしたら、社員会や社友会ような組織が立ち上がる可能性はある。

脱退は個人、分会、支部、地方本部(地本)など地域、運転、駅、設備、検修など職種でバラバラに行われているが、それそれの現場組合員はもの凄い疑心暗鬼に陥っている。また、高崎地本のよう一括脱退をもくろんでいるところもあるようだ。また、本部や東京や八王子地本のイケイケ路線は事実だが、東北3地本や大宮地本などの本部批判派を良識派と見るのは間違いで、JR東労組内で、稀有な指導者だった松崎明さん(故人・革マル派ナンバー2)の考え方、つまり、「松崎さんだったら、どのように行動しただろう」との解釈を巡っての争いに過ぎないし、もしかしたら、それすらも巧妙な戦術で、仮に本体が弱体化しても、いくつかの地本などが生き残り、革マル派の影響力を引き続いて温存する可能性もある。

実際、JR総連(東労組の上部団体)運動の歴史では、坂入さん監禁事件、九州労の集団脱退など不思議な動きを繰り返したし、活動方針は東労組の大会や執行委員会などで決まっているのではなく、目黒駅近くにあるさつき会館(動労会館)内に法人登記されている「一般社団法人 国鉄・JR労働運動研究会」ですべてが決定されている。まさにここが、JR内革マル派が主導権を掌握している団体である。さらに、本家革マル派の政治組織局や中央労働者組織委員会が関与している可能性も大である。ちなみになぜか、革マル派の機関紙誌「解放」や「新世紀」には彼ら彼女らが声高く誇るべき組織力の結晶・JR総連、JR東労組の記事は一行も登場していない。

今後の展開は予断を許さないが、脱退した組合員が東労組に次々と復帰するようなことが万が一にもあれば、これからの少なくても10年間、会社は人事権を含めて組合の言いなりにならなればならず、方針を後退させることはありえない。官邸筋辺りからも、「絶対に妥協するな!」と強く言われているはずだし、特に革マル派に対しては堪忍袋の緒が切れたと言ってもいいだろう。ただ、民営分割化からのお金儲け第一主義は労務政策とは関係なくやり過ぎであろう。

東労組は民営分割化以来、当局と協力して行動してきたが、前述の浦和電車区事件あたりから“やり過ぎた”と思う。また、松崎明さんが死去してから、コントロールが効かなくなったため、結果的に今回の騒動になってしまった。このまま進むと、31年前に国労の組織人員が壊滅的に減少したように、今度は東労組がそうなることもありうる。まさしく因果応報だろう。

それと、組合費が入ってこないので、財政的にもかなりきつくなるだろうし、労組専従者も職場に戻りたくても、その職場はどこにもないという状態もありうる。特に過去の違法ストや浦和電車区事件で懲戒解雇になった人たち(通称:首なし役員)は、現在では組合費から給料が払われているので、組合員の分母の数が減り続ければ、残留した人たちの一人あたりの組合費がけっこうアップになる可能性が高いし、救済カンパも増えるかもしれない。余談だが、当局が首なし役員を関連会社などで雇っていた驚くべき蜜月時代もあったが、今ではどうなっているのかは分からない。

以上ですが、私には「なるほどな」と思うことも多いし、「そうだったんだ!」と意外な内容もありました。もちろん、友人の分析が的を得ているかどうかは分かりませんが、どちらにしても、JR東の労使問題から目が離せません。その行方によっては、同じく革マル派が浸透していると言われている上部団体のJR総連はもちろんですが、JR北海道、JR貨物にも大きな動きがあるかもしれません。

追加になりますが、友人の言葉を借りれば、“イケイケ路線”の東京、八王子、プラス水戸地本は都県の労働委員会に不当労働行為救済の申し立てを行ったようです。もう、会社とJR東労組の円満解決は完全になくなったでしょうし、もしかしたら、労組内強硬派はストライキを本当に打ってくるかもしれません。友人は、「この混乱が一段落するまで、ほかの交通機関を利用できる移動のときは、できる限りJR線は使わない」と言っていました。

この時期、賃上げ交渉など本来の春闘もやっているので、労使ともに難儀だなと思ってしまいますし、気のせいかもしれませんが、国労の「組合員並びに社員の皆さんへ」の文章がまともに見えてきました。政治的取り組みなどは私のそれとはまったく異なるので、何だか不思議ですね。しばらくは原因不明の鉄道事故が発生しないことを祈るばかりです。

(写真:ヘルメット姿の2枚の写真の1枚目は過去の動労の集会、2枚目は革マル派のデモの様子で、後者は革マル派機関紙「解放」からの引用です。当時は労働者・反戦青年委員会は白メットに青テープ、学生・全学連は赤テープでした。絵解きのない山手線の写真は内回りの新宿駅ホームで撮りました。午前10時前後に続けて到着した5本の車掌さんは全員が女性でした)

颯之介くんと鉄道博物館へ行く

 たまにしか登場しない孫・颯之介くんと大宮にある鉄道博物館に行ってきました。前回はパパとママも一緒でしたが、今回は二人だけのコンビです。古河駅でママに見送ってもらい、大宮駅でニューシャトルに乗り換えて現地に向かいました。
 そして、そのニューシャトル改札前にあるマックで簡単に腹ごしらえしたのですが、ナゲットのBBQソースを付けながら、「やっぱり、これがないと美味しくないね」と言っていました。
 鉄道博物館はとても楽しく、どちらが喜んでいるのか分かりませんでしたが、颯之介くんの“解説”がところどころで聞けて、すごく参考になりましたし、ジオラマの“転車台”という単語も知っていました。また、ミニ運転列車は大人もご機嫌になれます。
 それから、ここでかなりの時間を過ごして古河駅に戻りましたが、大人の脚でも30分近くかかる自宅までを彼は文句も言わずに歩き続けました。ちなみに、パパといるとすぐに“抱っこ!”だそうです。
 その途中、私が「イオンでおもちゃ買おうか」というと、「イオンじゃなくて、イオンモールだよ」と言ったり、「信号機の青は緑だよね」とご指摘いただいたりと、ジイジにとっても、久しぶりに再会した孫の成長を大いに感じた日となりました。

千賀ノ浦部屋に入門する

ではなくて、千賀ノ浦部屋後援会に入会です。少し前に東武博物館と向島百花園に行ったことをお伝えしましたが、そのあと、いつかは訪問したかった千賀ノ浦部屋は近くにあるのかなと思い、GoogleMapsに尋ねてみると、徒歩十数分であることがわかり、隅田川を渡って部屋に向いました。

住所は台東区橋場という場所で、到着してインターホンを押して、「後援会に入りたいのですが、申し込み用紙はありますか?」と話すと、女性の方が、「皆んな、大阪に行っていますが、玄関でお待ち下さい。すぐに参りますから」と対応してくれました。

そして、あとで分かったのですが、その方が先代の千賀ノ浦親方の奥様でした。また、大阪というのは11日から始まる大相撲大阪場所のことで、けっこう前から乗り込むのだなと思いました。その辺りのことも女将さんは親切に教えてくれましたし、カレンダーまでいただいてしまいました。もの凄く素敵で明るい方です。

ところで、どうして千賀ノ浦部屋かですが、現在の親方は元小結・隆三杉さんで、彼は現役のとき、私の自宅からも近い二子山部屋に所属していました。当時の親方は土俵の鬼と言われた先代・若乃花(故人・貴乃花親方の伯父)さんの部屋で、名門・花籠部屋などとともに「阿佐ヶ谷勢」と称されていました。

そんなこともあり、この部屋にたどり着いたのですが、いくつかのユニークなことがあります。隆三杉さんは引退して常盤山親方を名乗っていましたが、この部屋を継ぐにあたり、定年を迎えた千賀ノ浦親方と年寄名跡を交換しています。新しい常盤山親方は定年延長制度を活用して70歳まで相撲協会に残られるそうです。

それから、その結果、もともと出羽海一門の千賀ノ浦部屋は貴乃花一門に移籍したそうです。角界ではとても異例なことだそうですが、新旧親方の関係が良好だったのでしょうね。これからが楽しみな、期待が持てる部屋でしょう。女将さんも、「強い弟子が入りますよ」と言われていました。

帰り道はちょっと遠かったのですが、浅草駅まで隅田川の遊歩道を歩きました。昔はカミナリ堤防と揶揄されていましたが、今では綺麗で落ち着いた川岸になっています。余談ですが、近くにあった東京都人権プラザ本館は港区芝に移転済みで、残っていた分館も今月で廃止になるそうです。

東武博物館と向島百花園

 少し前に日光へ行ったとき、東武伊勢崎線の東向島駅ホームにある“東武博物館下車駅”の看板が気になっていました。そして、そのあと、NHKBSの番組「鉄オタ選手権」「東武鉄道の陣」でここが紹介されていて、とても面白そうなので行ってきました。
 それで、いつから駅名が変わったのか分かりませんが、この駅は以前「玉ノ井」と呼ばれていたようです。“赤線玉の井ぬけられます”という日活ロマンポルノの作品があったように記憶していますが、それはともかく、下町の風情がある素敵な街で、私はこのような場所が大好きです。
 東武博物館の入場料は200円ですが、運転シュミレーターなどがかなり充実していますし、ホームの下に窓があり、そこから線路や電車の台車などが至近に見ることができ、ちょっと感動してしまいました。規模は違いますが、大宮の鉄道博物館にも負けていないと思いました。
 それから、ここから徒歩数分の向島百花園に向いました。都立公園ですが、園内にはいろいろな色の梅が華やかに咲いていました。また、有名な“ハギのトンネル”は9月下旬が綺麗だそうです。そして、さらに隅田川を渡って千賀ノ浦部屋を訪問してきました。その話題は後日、お伝えします。

JR東労組は革マル派が支配?

民進党参議院議員の川合孝典さんの「JR総連系労組への浸透が指摘され続けている革マル派の現状と実態に関する質問主意書」に対して、政府は「JR総連と東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)内には、影響力を行使し得る立場に革マル派活動家が相当浸透していると認識している」を主旨とする答弁書を決定しました。

実は今から8年前と7年前にも同様な質問と答弁が行われています。このときの質問者は自民党の衆議院議員で、答弁者が内閣総理大臣の鳩山由紀夫さんと野田佳彦さんでした。今回は前述のように質問者は民進党で、答弁者は安倍晋三さんです。つまり、質問者が現在の与党でも野党でも、答弁者の総理が民主党(当時)所属でも自民党所属でも、質問者が衆議院議員でも参議院議員でも、政府の答弁はまったくブレずに同じということになります。

また、川合孝典さんは連合最大産別のUAゼンセンのご出身ですが、JR総連も連合の加盟団体です(その下部団体のJR東労組も)。そして、私も何回がお伝えしていますが、革マル派は機関紙「解放」で、これまた何回もUAゼンセンを批判しています。ちなみに、先週号の解放にも“安倍式改憲案を支持するUAゼンセン指導部”とのタイトルで記事が載っています。旧・同盟系の産別を繰り返してあげつらうことは極めて異例でもあります。

さて、民主党(当時)も自民党政府も認識している革マル派によるJR総連や同東労組(今回はこれに加えてJR北海道労組も)の“相当浸透”ですが、実態はどのくらいなのでしょうか。もちろん、明確な数字を把握しているわけではありませんが、公安関係者の方々にお伺いすると、革マル派の構成員は5千名少し、JR内のそれは800名程度ではないかとのことです。

そこで、疑問が湧いてきます。連合の公式発表によれば、JR総連の組織人員は約5万3千名、東労組のそれは会社の有価証券報告書によると4万4千名弱となっていて、かなりの割合がJR東所属の組合員となります。それでは、5万以上の労働組合を千人以下の活動家でコントロールできるかということです。

私は同盟系での活動経験しかありませんので、階級的、旧・公社系労働運動のことは分かりませんが、国鉄OBの皆さんにお聞きすると、“十分可能で、実際に革マル派は今までも、現在でもしっかりと組合を指揮下に置いている”と異口同音に言われています。続けて、“それは革マル派の組織力もあるが、会社の責任も大きい”と無念そうに話されていました。

しかし、その会社も労務政策を大きく転換させているようで、今後のJR東の労使関係から目が離せませんし、この組合では組合員が大量脱退しているとの情報もあります。これが事実とすれば、連合内のJR連合と対立するJR総連の立ち位置にも大きな変化があるかもしれません。

なお、上の数字を見ていただくと分かるのですが、JR総連内では圧倒的に東労組の組合員が多く、それ以外では、文中の北海道、元々の運転職場であるJR貨物が革マル派の影響力があると言われているようです。逆に言えば、東海、西日本、九州、四国でのそれは限られているか、ほとんどゼロということでしょう。4つの組合は「JR連合(約8万名)」が完全なメジャーになっています。

今日の記事の最後になりますが、答弁書にはこの党派について、「共産主義革命を起こすことを究極の目的としている極左暴力集団であり、周囲に警戒心を抱かせないように党派性を隠して基幹産業の労働組合等各界各層への浸透を図っている」とあります。

世界最大級の旅客鉄道会社の労組がなぜ、革マル派の強い影響下にあると政府が公式に指摘しているのか、立憲民主党代表の枝野幸男さんとJR東労組や革マル派との関係などは次の機会にお伝えしたいと思います。

(写真出典:Googleマップ 新宿区早稲田鶴巻町にある革マル派の解放社ビル。拠点と言っても“公然部門”のそれで、非公然部隊のそれはどこになるのか分かりませんし、警察ががさ入れしても、組織を分析できる資料などはまったくありません。下2枚の写真はイメージで、本文とは関係ありません)

アカデミー賞最有力候補『デトロイト』を観る

アメリカのミシガン州デトロイト市で1967年に発生した暴動事件を映画化した作品「デトロイト」をTOHOシネマズ新宿で観てきました。タイトルのように本年度アカデミー賞最有力候補との評判も高いようですが、多くのスクリーがあるシネマズで上映していたのは1スクリーンだけ、しかも、1日1回だけで今月28日には早くも打ち切りだそうです。

ネタバレは避けますが、140分以上の作品はかなり見応えがあり、こちらの緊張感も最後まで続いていました。この黒人暴動から50年が経っているのですが、現在でもこの国ではけっこう深刻な人種問題が起こっています。安易に「悩める超大国・アメリカ」などと言うつもりはありませんが、とても難しいことであることも確かなようです。

それから、シネマコンプレックスの入り口では今日から上映が始まる「空海」のきれいな看板がありました。もちろん、近日中に見に行く予定ですし、できれば、字幕を読まなくて良い日本語吹き替え版がいいですね。

そして、これまたいつものように小田急ハルク地下にある串カツ屋さんに行きましたが、途中の地下自由通路でドラえもんの映画宣伝のオブジェみたいなものがあり、せっかくなので記念写真を撮りました。

なお、お店での写真はいつもいつも同じような串かつですので、今回は塩煮込みなどを載せておきました。ちなみに、ここでは毎日、油を取り替えているそうです。素材も大切ですが、串かつ、串揚げの美味しさのポイントはこの辺りにもありそうです。

横浜『寿町』に行ってきました

以前に東京の「山谷」地区と大阪の「釜ヶ崎」(あいりん)地区を訪れたことをお伝えしましたが(その二つの地域名称は行政用語として使われなくなっています)、日本三大ドヤ街の残りの一つ、横浜市南区「寿町」に行ってきました。

素敵な街並みや中華街の玄関駅・石川町から歩いても近いですが、ここ寿町一帯はまったく雰囲気が異なっています。私は市営地下鉄・ブルーラインの伊勢佐木長者町駅で下車し、いったん、伊勢佐木モールを見学してから向いました。

それで、面積は山谷やあいりん地区より狭いと感じましたが、簡易宿泊施設がたくさんあることは同じです。エアコン付きで一泊1500円くらいから提供しているようでした。写真のワンルームの集中度合いはすごいですね。

それから、平日のお昼でしたが、カラオケスナックみたいなところは営業していましたし、交差点近くなどには特にやることもなく、佇んでいる人たちが少なくありませんでした。男性が圧倒的に多かったのですが、女性も散見しました。

ところで、偶然にこの地区で何と!28年間働いていらっしゃるヤクルトレディーとお話することができました。とても感じ良い方で、現地の方からも慕われているようでした。いろいろなことを教えてもらいましたが、これからも頑張ってください。

なお、今日の写真は一定の“段取り”をして撮ったものです。僭越ですが、この地区での写真は十分に注意してください。絶対に写してはいけない場所もあります。また、外国人の方はほとんど見かけませんでした。

ここを離れたあとは少し歩き、テレビの散歩番組などで取り上げられている「横浜橋商店街」を探訪してきました。桂歌丸師匠がお近くにお住まいとのことで、フラッグにもイラストが描かれていましたし、とても活気のある商店街でした。