京成千原線に乗ってみました

 幕張本郷駅でのお手伝いを終え、今度は京成電鉄に乗って「ちはら台駅」に向かいました。千葉中央駅から先は初めての乗車でしたが、僅かな時間の乗車を楽しみました。この駅が京成千原線の終点になりますが、駅前は誰もいませんでした。
 そして、興味深かったのは、千葉中央駅からちはら台駅までは単線なのですが、複線化するための用地や駅はすべて整っていたことには驚きました。あとは線路と架線を整備すれば立派な複線区間になります。
 また、ちはら台駅の先はいかにも、「延伸するぞ!」という感じになっていて、複線化のことも含めて、今後の展開がどうなるのかなと想像しました。それから、京成津田沼まで戻り、「新京成電鉄」の車両の写真だけ撮って、上野駅に移動しました。

久しぶりに稜ちゃんと新宿へ

稜ちゃんと新宿に行くときは地下鉄丸ノ内線を利用することが多いのですが、今回はJR阿佐ヶ谷駅から向かいました。総武緩行線ホームで下車し、いつもの場所で次から次へとやってくる電車を見学しました。

それから、これもいつもの伊勢丹デパートの屋上庭園に移動しましたが、その途中、新宿通りを走る救急車を見つめていました。やはり、男の子はが救急車、消防車、パトカーに興味があるのは共通のようです。

そして、屋上の芝生や木々の緑がとてもきれいでした。また、ビアガーデンもオープンしていて、夕方からではなく、午前11時から営業しているそうで、ランチ時間にはボリュームのあるステーキもいただけると教えてもらいました。

ところで、久しぶりのためか、彼のテンションは高く、周囲にも愛嬌を振りまいていました。そんなこともあり、阿佐ヶ谷から自転車に乗せて自宅に戻りましたが、着いたらすでに睡眠中で、約2時間のお昼寝になりました。

幕張本郷駅での応援活動

来年春の統一地方選挙で、千葉市花見川区から市議会議員への立候補を目指している、石河勲(いしかわいさおさんの応援に行ってきました。私は朝早いのは慣れていますので、阿佐ヶ谷駅から総武緩行線一本で幕張本郷駅へ向かいました。

そして、午前7時半まえに到着し、彼と私のイトーヨカドー労組時代からの友人で、現在はUAゼンセン千葉県支部の次長をされている千頭洋一さんと3人でチラシ配りを行いました。初めて降りた駅ですが、なかなか活気がありました。

また、念願の連節バスを見ることができました。ここから海浜幕張駅などまでの路線ですが、もの凄く頻繁に発車するバスとそれを待つ利用客の多さに驚きました。車体には千葉ロッテマリーンズのキャラクターがいて、かっこいいなと思いました。

それから、この駅はJRと京成が同じ構内にあり、JR側にはかなり広い幕張車両センターもあります。跨線橋の隙間から撮りましたが、見ているだけで楽しかったですし、京成と並走する区間もいいですね。

さて、紹介が遅れましたが、石河さんは1977年に千葉県で生まれ、東海大学海洋学科を卒業、ジャスコ→イオンリテールに勤務され、組合活動で汗をかかれた方です。とても真面目で信頼できる人と私は感じました。

なお、僭越ですが、若干のアドバイスをさせていただき、これからも現地での活動をお手伝いします。それと、この日は駅頭活動のあと、時間があったので、少し足を伸ばしてみました。「京成千原線」編と「上野公園」編は別の機会にお伝えします

初めてのマリンスタジアム

千葉ロッテマリーンズのホーム球場に来ました。今日からロッテファンになりました。ただ、対戦相手が巨人なので、ちょっとだけ複雑な気持ちです。でも、ロッテの監督は母校の出身なので、やっぱり、「頑張れ!ロッテ!」で応援します。

颯之介くんと北関東小さな旅

 颯之介くんは4月から幼稚園に通い始めていますので、楽しいひとときを過ごすのは週末になりました。今回は、南阿佐ヶ谷→(丸ノ内線)→新宿→(湘南新宿ライン)→古河(ここで颯之介くんと合流)→宇都宮→(JR日光線)→JR日光→(徒歩)→東武日光→(東武日光線)→栃木→(両毛線)→小山→(宇都宮線)→古河、と回りました。
 そして、彼にとって念願の東武特急・リバティに乗りましたし、栃木駅では両毛線のホームから下りのリバティを近くで見ることができ、颯之介くんも嬉しさで興奮していました。それから、古河駅で下車して、パパとママも一緒になり、お寿司屋さんで美味しいビールと料理をいただきました。

京急2100形で成田空港へ

交通新聞社から発刊になった「なぜ京急は愛されるのか」が面白いです。120周年を迎えた京急の歴史、運行、車両、サービスなどがとても分かりやすく書かれています。特に私が注目したのは、抽象的な表現ですが、『京急愛』というのがあると著者が言われていることです。確かに電鉄会社別に熱心な鉄ちゃん鉄子が存在していますが、京急のそれは抜きん出ていると思いますし、もちろん、私もその一人です。

もう一つは、やはり京急と言えば、『乗り入れ鉄』にもたまらない存在です。こちらもけっこう詳しく載っていますが、都営浅草線(東京都交通局)京成電鉄(&北総鉄道&芝山鉄道など)の協力体制がしっかりしているからでしょう。お互いに譲り合うこと、引かなかったことが上手に調和してきたことです。

特に都営は両線の真ん中で仲人さんの役割りを果たしてきました。また、間もなく営業運転が始まる「5500形」もかっこよくて、加速するときのモーター音も素敵です。あとはわがままですが、オールクロスシート京急2100形に乗って成田空港まで行けることが夢です。ラッシュ時間は難しいでしょうが、日中だけでも実現するといいですね。

(写真上から:押上駅で交代する浅草線と京成の車掌さん 京成高砂駅での京急車と京成車 京急川崎駅で速達電車を待つ800形)

「江戸東京たてもの園」で稜ちゃんと

 JR武蔵小金井駅から西武バスに乗って「江戸東京たてもの園」に行ってきました。彼はもちろん、私も初めての訪問でしたが、復元されたり、移築されたりした歴史ある建物が数多くあり、面白かったですし、園内のボランティアさんがいろいろなことを教えてくれたことも嬉しかったです。
 そして、彼は保存されている都電とお風呂屋さんに興味を示していました。また、和傘問屋さんでは素敵なものを貸してもらいました。帰りはお互いに少し疲れたので、タクシーに乗りましたが、とても親切な乗務員さんが玉川上水沿いの紫陽花のいわれについて説明してくれました。こんなことも、小旅行の楽しみですね。

「交通公園」で稜ちゃんと

ジイジと稜ちゃんの小旅行はかなり息が合ってきましたが、今回は都立善福寺緑地に隣接している「杉並児童交通公園」に行ってきました。私たち夫婦の3人の子供もよくここで遊ばせました。SLも保存されていて、もちろん、自転車や遊具などはすべて無料です。ゴーカートもあり、4周しましたが“人力”で、隣の稜ちゃんはとても楽しそうでした。私はけっこう疲れましたが、筋肉痛には不思議となりませんでした。

日大理事長・田中英壽さんのこと

日本大学理事長の田中英壽さんが、文春デジタルのアポなし取材を受けている動画をテレビで見ました。見覚えのある街並みでしたが、それはJR阿佐ヶ谷駅南口で、どうやら、田中さんはパールセンターから少し路地を入ったパチンコ屋さんで楽しまれていたようです。

私も何度かホールから出てこられる田中さんと奥様を見たことがりますし、何も考えずにパチンコに没頭することが彼の至福のひとときのようです。その奥様はご主人が上級の役職に就けるよう、今では死語のようになっている“お百度参り”をされていたと聞いたことがあります。

それで、彼ととても親しい方がかつて、私の後援会の幹部を務めていただいていました。そのこともあり、お店の前に日大からのお迎えの車が停まっていて、運転手と秘書の方が待機しているのですが、田中さんがこのビルの上から降りてこられるときに遭遇すると、「お疲れ様です」と挨拶をしていました。

そして、そのお店とは「ちゃんこ田中」という名前で、地元商店会の新年会や門脇後援会の幹部さんと一緒に十数回は利用したことがあります。お客さんで某ゼネコンの役員と偶然あったこともありました。地元では有名なちゃんこ屋さんで、前述の奥様は演歌歌手ご出身の気さくな方です。

さて、写真は今から11年前にグランドプリンスホテル新高輪「飛天」で開催された『田中英壽先生の日本大学理事長就任を祝う会』で私が撮りました。つまり、田中さんはこのときから現在まで理事長に就任されていることになります。この期間が長いのか、そうでないのかは私は分かりません。

それから、理事長就任祝う会以外にも、別の名目の祝う会や日大相撲部優勝祝賀会などにも出席しています。どのイベントも会場は超満員で文字通り、日大の理事会が開けるのではないかと思うほど、大学の各学部長を始めとして、すべての役員の皆さんが参加されていました。

田中さんはとても失礼ながら、人前での話が上手いわけではありませんので、会見などを開いて質問に答えることは苦手でしょう。でも、青森県五所川原から上京し、日本最大の教育組織の最高峰まで上り詰め、激烈な権力闘争を勝ち抜いてきたのは間違いないと思っています。なお、今回の記事はアメリカンフットボールでの不祥事問題とは関係ありません

一橋学園駅の「安全側線」が美しい

安全側線については先日、若干の説明を含めて、西武国分寺線恋ヶ窪駅先のそれを紹介しましたが、「多摩湖線の一橋学園駅になかなか良い安全側線があるようだ」との情報をもらい、早速、現地に行ってきました。

そして、それは期待を裏切ることはなく、写真のように何と!駅構内にポイントがあったのです。駅のホームと先の踏切側からの写真を載せましたので、クリックして拡大してご覧いただければ嬉しいです。

それで、西武線はこの多摩湖線、国分寺線、多摩川線、狭山線など、安全側線の宝庫です。新宿線終点の本川越駅手前にもあったようです。安全側線は基本的に「単線」路線にしかありません。

しかし、自動停止装置などがしっかりしている現在では、単線でも必ずそれが設置されているとは限らないようです。孫の颯之介くんと一緒に乗った東武宇都宮線は単線区間が多かったですが、安全側線は見ませんでした。

それから、JRはどうなっているのか分かりませんが、ちょっとだけ乗車した両毛線の区間にはありました。写真下の左側です。なお、もう1枚は西武多摩湖線のもので、ここも素敵な安全側線がけっこうありました。

稜ちゃんと「西武園ゆうえんち」に

前回は休園日でしたが、その西武園ゆうえんちに孫の稜ちゃんと行ってきました。彼はまだ2歳ですが、園内にある「ハローキティ メルヘンタウン」ほとんどのアトラクションに乗ることができ、とても楽しかったです。また、先日から営業が再開された大観覧車にも乗りましたが、思っていたよりてっぺんが高く、私はとても怖かったです。それから、特設会場のローズガーデンはもの凄く素敵でした。

木目調の駅名標がいいですね

京急の120周年記念イベントは幅広く行われていますが、川崎大師駅の記事のときにもお伝えしたとおり、沿線3駅で木目調の駅名標が設置されていて、必ず見てこなければと思っていました。スタンプラリーみたいなものですね。

それで、その3駅は浦賀新逗子黄金町で、もちろん、本物の木材が使用されているわけではありませんが、なかなか良く作られていると感じました。また、昭和5(1930)年4月にこれらの区間が開通したことが書いてありました。

それから、グッズショップの写真ですが、ここは先日紹介した京急百貨店の5階にあり、京急以外にも数多くの鉄道関係グッズが販売されていて、私は2種類のクリアファイルを購入しました。

そして、右側のジオラマは実際に操作できるそうです。後ろに運転席があり、そこで運転して動かすことができると店員の方が説明してくました。お子さんは真ん中にある制服を着て、帽子をかぶってトライすることもでき、孫が大きくなったら連れてこようと思いました。

『リラックマ』の駅名標が可愛いです

昨日、JR田浦駅のことをアップしましたが、その帰り道、JR久里浜駅まで行って、隣接する京急久里浜駅に入り、ホームでふと見上げると、写真の駅名標がありました。私の特にリラックマのファンではないのですが、ちょうど、乗務員さんが通りかかったので、「このコラボ看板はほかにはどこの駅にあるのですか?」と尋ねたら、「ハイ、上大岡駅と空港線の大鳥居駅にあります」とにこやかに教えてくれました。

それで、上大岡駅にあることは知っていたのですが、「せっかくだから、上大岡駅と大鳥居駅で実物を見てみよう」と思いました。そして、先日の川崎大師駅とは異なり、3駅ではホーム上の駅名標はすべてリラックマバージョンになっていて、上大岡駅では乗車目標位置表示にもリラックマがいることを発見できるという嬉しいおまけもありました。

それから、駅上にある京急百貨店に初めて入りましたが、銀座や新宿のデパートにも引けを取らない品揃えをしているように感じました。また、京急のグッズショップもあり、写真の布製トートバックを購入しました。こちらも、リラックマとのコラボ商品が数多く販売されていて、帰るころにはすっかりファンになりました。

横須賀線の「田浦駅」って?

私は小学校卒業まで横浜市金沢区という場所に住んでいましたが、自宅から徒歩数分で横須賀市内でした。駅でいうと京浜急行の追浜駅で、その一つ先に京急田浦駅があります。国道16号線沿いにあり、普通電車しか停車しませんが、そこそこの商店街もあります。

一方、JR横須賀線にも田浦駅があり、両駅間は歩いて20分くらいありますが、こちらは地元の方にには失礼ながら、何となく忘れられたような雰囲気が漂っています。駅舎にはいまだに木材も使われていて、空気がとてもゆっくり流れているように感じました。

そして、この駅の特徴はトンネルとトンネルの間に位置していて、車両の編成とホームの長さから、横須賀駅方向、横浜駅方向ともに先頭車と2両目扉の一番前寄りが開きません。つまり、そこはトンネルの中とギリギリトンネルに掛かっています。車掌さんがドアの開閉しますが、こんなことができるのですね。

それから、北口では駅に隣接するマンションにお住まいの方とお話することができました。湘南新宿ラインも開通してずいぶん経ちますが、駅の乗降客は年々減っているとお聞きしました。写真の方ですが、ご覧のようにエレベーターもエスカレーターもなく、これからも難しいと嘆いておられました。

ちなみに、湘南新宿ラインは逗子駅止まりですから、それ以南には入ってきません。横須賀線・総武線は15両編成が多いのですが、逗子駅で前より4両は切り離しになり、横須賀駅や久里浜駅までは11両で走ります。そのほかにも、逗子駅と久里浜駅間を4両で運行している列車もあります。

『結び目を解くマリア』

WOWOWで映画「ローマ法王になる日まで」を観て感動しました。私は過去からローマ法王様のフランシスコさんが大好きで、自分の部屋には何枚かの写真などを飾ってあります。この映画の「振り返れば、いつも彼らと共にいた~現ローマ法王の知られざる激動の半生を描く感動のヒューマンドラマ。」のコピーどおりの素晴らしい映画でした。

そして、その映画の中でとても印象的だったのが、若き日の法王様が日本への赴任を希望されていたことです。日本のカトリック人口が最盛期の半分になってしまったことを嘆き、それを再建するための目的だったようです。また、エンドロールでは「法王が日本に来られる日も近いだろう」という主旨のテロップが流れます。そうなるとすごく嬉しいですね。

それから、神学を勉強するためにドイツに留学されていた「ベルゴリオ(本名)神父」が、アウグスブルグのペルラハ聖ペトロ巡礼教会で『結び目を解く(聖母)マリア』の絵画を観て、隣りに座っていたベネゼエラ出身の中年女性からそのカードを受け取って、二人で感極まるシーンでは、私も涙してしまいました。

この映画の解説に、「『誰もが結んでしまう苦悩の結び目を解いてくれる』というマリア様に、自分の“結び目”を心で唱えたベルゴリオは、涙が止まらなかった」とありました。その絵画の真ん中にはマリア様が、その左右には天使がいます。右の天使が持っているリボンにはいくつもの結び目があり、それがマリア様の手元で解かれ、左の天使が受け取っています。

なお、劇中ではベルゴリオが、この絵が描かれたカードを今度は自分からほかの人に渡す場面もあったので、私もそれが欲しくなって四ツ谷にある「ドン・ボスコ」に行って、3種類のパウチカードや絵葉書などを求めてきました。カードは何枚かパス入れにストックしておいて、興味のある方に差し上げようと思っています。

ちなみに、慈悲深いマリア様はカトリック信者やキリスト教徒でなくても、結び目に象徴される不安、過ち、苦悩、揉め事などからお救いくださるそうです。傍からはどんなに順風満帆な人生や生活、家庭に見えても、誰もが何らかの悩みを抱えていることでしょう。そんなとき、私もこのカードにそっと触れることにします。

「ガールズケイリン」は素敵でした

競馬の騎手は知らないのですが、ボートレース(競艇)では、女子選手が男子選手に混じって普通にレースが行われていますし、もちろん、女子6名だけで走る試合もあります。一方、オートレースの人数はかなり少ないですが、競輪は100名を超える元気な女子選手が頑張っています。

それで、今回は立川競輪場に行って、ガールズケイリンを見てきました。6Rと7Rで、それぞれ、7名の選手が出場していましたが、場内の声援も「優香ちゃん、いいね!」など、けっこう優しく飛んでいました。男子の場合とは会場の雰囲気もかなり異なるようです。

ところで、女子競輪(正式名称)の歴史は古く、昭和24年から同39年まで存在してたそうです。その後、人気がなくなって廃止されましたが、6年前から復活しています。レディース競艇や橋本聖子さんの影響もあったのでしょう。なお、エキシビションとしてはこれ以前にも実施されていたようです。

そして、前述したように7車立て(男子は9車が多い)で、詳しいことは分かりませんが、自転車も男子と比べてしっかりとした作りになっているように見えました。なお、階級はいまのところ、全員がL級1班ですが、選手の数が増えていけば、上級班もできるかもしれません。

それから、当日の2レースには外国人選手が出場していました。6Rにはフランスのマチルド・グロさん、7Rにはオーストラリアのステファニー・モートンさんで、モートンさんは見事、1着でゴールしました。私も贔屓の選手を早めに決めて、応援を集中したいと思います。

また、立川は全国でも一番お客さんが多い競輪場とのことで、確かに西武園競輪場と比べても桁違いのファンでむんむんしていましたし、食堂などの店の数も同じでした。お惣菜の数もとても多く、どれも美味しそうで、写真のお店ではありませんが、フライの種類がすごく充実していて、次回はしっかりといただくことにします。

京急120周年~川崎大師参拝

われらが京浜急行が120週年を迎えたことをお伝えしましたが、その一環として、大師線の川崎大師駅の看板がレトロ調になっていることを知り、現物を見に行ってきました。いつまでの期間限定かは分かりませんが、通常のもの(京急HPより引用)も載せておきましたので、合わせてご覧いただければ嬉しいです。

なお、ホームの看板も1枚だけ同じ様になっていましたし、黄金町駅、新逗子駅、浦賀駅の木目調の看板に筆字で駅名が書いてあるとのことです。三つの駅の設定がなかなか良く考えられたロケーションになっていると思いますが、近日中に必ず訪問します。

ところで、京急の発祥はこの大師線だそうで、駅の横にはその記念碑がありました。そこで写真を撮ったあとは、せっかくなので、川崎大師にお参りしてお護摩をお願いしてきました。広い畳敷きの大本堂は老若男女で満員でしたが、前回に比べて僧侶の数が少なかったように感じました。

それから、話題になっていた品川駅の行き先別の整列案内表示ですが、実際に見てみるとなかなか迫力がありますし、評判も上々とのことです。また、行きの普通電車は京急の現役車両では最古参の800形に乗りましたが、懐かしい扇風機が優しく回っていましたし、「KHK」の文字に哀愁を感じました。

多摩川競艇と西武園競輪

埼玉県所沢市にある西武園競輪場で開設68周年記念レースが開催され、全国で2千6百名以上いる選手のうち、僅かにたった9名しかいない「S級S班」の選手が5名も出場すると聞いて、JRと西武線を乗り継いで行ってきました。

それで、その下車駅の西武園駅の階段を上がり、改札口を出ると、右側にはグレーの色合いが強いオジサマたちが、左側には若いカップルや楽しそうな家族連れがくっきりと分かれて進んでいきます。なかなか“シュール”な光景ですね。

そして、最終の優勝戦にはSS選手が3名も出場したのですが、結果は何と!7、8、9位(9名で走ります)でした。こんなことがあるのかと驚きました。配当は3連単で55万円を超えていました。100円買って55万円です。

ところで、この競輪場の名物は「串もつ赤&白」で、とても美味しかったです。また、ビールは場内に持ち込み禁止なので、お店の方が缶からプラコップに移してくれました。ちなみに、串もつはどちらも180円です。

それから、競輪の前に時間があったので、武蔵境駅から同じく西武線で競艇場前駅で下車して、多摩川競艇(「ボートレース多摩川」が正式名称)にも行ってきました。ここは初めて訪問しましたが、とっても広く、開放感がありました。

また、第一ターンのところまで近づくことができ、迫力満点で臨場感抜群です。客層は競輪やオートレースと同じですが、競馬は違うのでしょうか。競馬場には行かないのですが、ちょっと興味のあるところです。

なお、家に帰ったら、次男一家が来ていて、その次男が「何で賭けないの?」と言い、妻も「私だったら賭けるけど」と相槌を打っていました。私は競輪も競艇も賭けなくても十分に楽しいので、家族の会話が少し分かりませんでした。

遊園地はお休み~野球場へ

次男一家への支援体制も密度が濃くなってきました。今回は稜ちゃんと西武園ゆうえんちに向かいました。西武新宿線の下井草駅から電車に乗って萩山駅で乗り換え、西武遊園地駅に着き、けっこう長い階段を上がって遊園地正門に到着しました。

でも、何となく周囲の雰囲気がおかしいので、入口の看板を見たら、「休園日」と掲示がありました。「どうしようかな~」と思って、その階段を下りましたが、駅ホームの先には山口線があったことを思い出しました。

それで、それに乗って今度は西武球場前駅に着き、何となく球場前がざわめいていたので、そばに寄ってみると、西武ライオンズ横浜ベイスターズのイースタン・リーグの試合が間もなく始まるところでした。

稜ちゃんに昼ごはんも食べさせなくてはいけないし、私もこのドームには入ったことがないので、チケットを購入して中で遊ぶことにしました。入り口のお嬢さんが、「バックネット裏でもどこでも自由席ですよ」と教えてくれたので、そこに二人で座りました。

そして、しばらくすると予定どおり、稜ちゃんが飽きてきたので、両軍の選手には申し訳ないのですが、球場をあとにして再び電車に乗って下井草駅に向かい、途中にある焼き鳥屋さんで買い物をして無事、お嫁さんに稜ちゃんと届けました。

ところで、この焼き鳥屋さんには、『心残り』『白レバー』『そり』『おび』など、いわゆる「希少部位」がけっこうあり、せっかくなので、全種類を2本ずつ買って、半分は次男一家にプレゼントしました。どれも美味しかったです。

東武野田線に乗って春日部へ

イトーヨーカドー春日部店で開催されているイベントに行ってきました。春日部駅までの電車ルートはいくつかありますが、今回は湘南新宿ラインと東武野田線を使うことにしました。でも、新宿駅ですぐに発車する埼京線快速がありましたので、それに乗って大宮駅に向いました。最近は湘南新宿ラインを利用することが多かったので、埼京線は久しぶりで良かったです。

それで、野田線の愛称が「東武アーバンパークライン」になっていることを初めて知りました。この沿線のどこが“アーバン”で、どこが“パーク”なのかよく分かりませんが、何となく素敵な名前ですね。ここには特急も走っているようで、改札口を入ったところに、乗車待ちスペースがありました。すべての車両が座席指定だと思うのですが、どうして並ぶ必要があるのでしょうか。

ところで、東武鉄道は近鉄(近畿日本鉄道)に次いで、わが国では2番目に長い路線を有していて、総延長は約463kmだそうです。また、イメージアップにも熱心で、今回の路線もそうですが、伊勢崎線はいち早く「スカイツリーライン」になっています。東上線も「グリーンフォレストライン」になれば嬉しいです。あと、宇都宮線はもちろん「ギョウザライン」、大師線は「サンクステンプルライン」などはいかがでしょうか。

さて、春日部駅の駅舎上にはご覧の「クレヨンしんちゃん」の看板がありました。口の悪い友人が、「埼玉なんて、秩父と川越とただ暑いだけの熊谷しかないじゃないか”」と言っていましたが、私はすぐに反論しました。「春日部があるぞ!そして、春日部にはクレヨンしんちゃんがいるじゃないか!」と。

それから、ほんの少し歩いてIY春日部店に向いましたが、店舗の反対側には大塚家具がありました。ここが創業の地と聞きましたが、残念ながら来月末に閉店するそうです。親子が仲違いしてしまいましたが、ここの労組にはとてもお世話になったので、組合が今どうなっているのか心配です。

定番になった映画から串カツへ

TOHOシネマズ新宿で映画を観て、小田急ハルク地下にある串カツ屋さんで食事をするのがすっかり定番になりました。今回はアメリカアニメの「ボス・ベイビー」でとっても面白かったです。また、いつもはそれほど混んでいないシネマズですが、「名探偵コナン」が上映されていたせいか、とても賑わっていました。コナンって、大人にもかなりの人気があるのですね。串カツ屋での飲み物は、生ビール→ホッピー→ハイボールとなります。それにしても、顔が赤すぎます。そんなに飲んでいないのですが。

✿祝✿京浜急行創立120周年

 大好きな京急(京浜急行電鉄)が創立(明治31年:1898年)を迎えました。小学校卒業まで横浜市金沢区六浦町(現・六浦東)に住まいし、その市立小学校の敷地に隣接して京浜急行が走っていました。そのこともあり、想い出がいっぱいの京急にお祝いを申し上げます。
 それで、写真は“ぴあ”が発行したムックで、公式とは書いてありませんが、そのような位置づけのようです。「おでかけガイド」がちょっと商業的過ぎるような気もしますが、全体の構成はよくできていると思いますし、付録のトートバッグの生地と作りはしっかりしています。
 それから、120周年記年のイベントなども詳しく紹介されていて(京急ホームページにも載っています)、私も時間ができ次第、川崎大師駅、上大岡駅(デパート)、横浜シーバス、黄金町駅、浦賀駅などを尋ねる予定です。また、お伝えしますので、ご覧をいただければ嬉しいです。

颯ちゃんと宇都宮を訪ねました

今回の稜ちゃんとジイジの小さな旅は宇都宮でした。私は中学高校時代の6年間、ここに両親とともに住まいをしていました。ですから、この街はとても懐かしく、電車を乗り継ぐことも目的だったのですが、どちらかというと、ジイジの想い出を満たす訪問みたいになりました。

古河駅のホームで稜ちゃんをお嫁さんから引き取り、次の電車に乗って宇都宮駅に向いました。駅を降りたあとは近くのマックでいつもそのようにランチして、母校である宇都宮市立旭中学校を訪ねました。

そこでは幸いにして、校庭に3人の先生がいらっしゃったので、自己紹介をしたあと、学校の近況などを詳しく教えていただきました。ただ、校舎や近隣には当時の雰囲気はまったくなくなっていて、あれから数十年の流れを感じました。

先生方にお別れの挨拶をして、今度は中心地にある二荒山神社に行きました。このあたりもかなり変わっていて、神社の鳥居なども立派になっていました。稜ちゃんに、「上まで階段で上がる?」と聞いたら、予想外に「ウン!」となり、神殿まで行きました。「偉いね!」と言ったら、そのことをママに電話したいと言ったので、リクエストにお応えしました。よほど嬉しかったのでしょう。

それから、オリオン通り商店街を歩き、東武宇都宮駅に到着し、今度はこの路線で終点の栃木駅行きに乗りました。余談ですが、オリオン通りには餃子屋さんが数多くあり、そのためか“昼飲み”ができるお店も多かったです。また、「餃子消費量の日本一奪還」おめでとうございます。

東武栃木駅はJR栃木駅と隣り合わせになっていますが、そのホームを特急リバティが入線してきて、それを見た稜ちゃんはもの凄く嬉しかったようです。ただ、リバティのプラレールを買ってやることを約束させられました。

ここから今度は両毛線に乗車して小山駅で宇都宮線のホームに移動して、振り出しの古河駅に向いました。いつもそのように、歩いて自宅に戻りましたが、その途中で新しく開店した食品スーパーでお買い物をして、無事にママにお渡ししました。私も湘南新宿ラインと丸ノ内線で南阿佐ヶ谷駅に無事到着しました。

『安全側線』を見に行く

縦長の写真などは西武国分寺線恋ヶ窪駅近くで撮りました。黄色い電車は手前方向、つまり、この駅に向かって進行しています。その先は終点の国分寺駅になります。ちなみに、この路線は国分寺駅と東村山駅を結んでいて、時間帯によっては本川越駅までの直通もあります。

それで、単線区間が多い国分寺線ですが、地方のそれと異なり、日中でも10分おきに上り、下りともに走っています。ですから、上下線ともに駅の手前にポイントが設置されていて、両方の電車が駅で入れ替えになるシステムになっています。駅がない場所で交換するのは“信号場”と称しています。

それから、左側の線路の上の方に不自然に、中途半端に延びているレールがありますが、それが今日のタイトルの「安全側線」です。何かの理由で下り電車が恋ヶ窪駅に停車できず、しかも、上りも右側の線路に全車両が入線していなければ、最悪の場合、正面(あるいは側面)衝突してしまします。ですから、過去には「突っ込み線」という恐ろしい名前だったそうです。

それを避けるために、上り電車がホームに停車するまで、安全側線のポイントは左側に進むようなっていて、停車が確認されれば本線に切り替えられ、今度は下り電車が無事に出発していきます。何だか得意げに、ほとんどの皆さんが興味のないことを説明して申し訳ありません。

ただ、強制的に脱線させる場合でも、すごいスピードで突っ込んできた電車はこの距離では停まりませんから、逆に大事故になる可用性があります。現在でもこのシステムは可動していますが、ほかの制御方法で安全はしっかり担保されているそうです。なお、10秒ほどの動画にはポイント切り替えの瞬間が写っています。その音も今回は拾うことができました。よろしかったら是非!

 

 

 

 

不可解だった検察のリニア談合捜査

JR東海が発注したリニア中央新幹線の建設工事を巡るスーパーゼネコンの談合事件は、少し前にその4社と二人の個人を独占禁止法違反で東京地裁に起訴して東京地検特捜部の捜査は終了し、これからの裁判所でのやり取りが注目されます。

タイトルの“不可解”のその一は、一般的にこの種の談合では摘発された企業が皆んなで“ごめんなさい”となるのですが、4社の中で、大林組清水建設は早々と白旗を掲げ、あとの鹿島建設大成建設は徹底抗戦の構えを貫く覚悟ということです。

そして、その二は全体で24件のうち、起訴した案件は僅かに3件のみということです。しかも、「実はほかの案件でも談合がありました」と大林組がわざわざご注進しているのに、なぜか地検特捜部は起訴していません。

その理由は私には分かりませんが、これは会社の処分も同様で、清水と大林は役員の報酬返上などを行うようですが、“無実”を主張する鹿島と大成はそれをするつもりはないのでしょう。決定的に4社の対応が2グループに分かれました。

もちろん、検察は最初から“すみません、深く反省しています”という企業や個人には比較的寛大な処置をしますが、その反対の場合は徹底的にお仕置きを加えます。検察はけっこう容赦なくいじめ抜くのですね。


実際、恭順の意を示した2社の二人の幹部は在宅で捜査して、起訴猶予(つまり不起訴)とお目溢しをしてもらい、逆らっている2社にはたびたびガサ入れを行っています。私は日本の検察を信頼していますが、こんなに差別して良いのでしょうか。


また、独占禁止法の課徴金減免制度(リーニエンシー)って、捜査を進めるのに必要なんでしょうが、個人的には仲間を売っているようで好きになれません。私は4社と関係はありませんが、不謹慎ながら、“鹿島&大成、頑張れ!”と思ってしまいます。


それから、検察や検事さんは悪を懲らしめるために日夜、奮闘努力しているのでしょうが、組織としてはときに「政治」を利用しますし、個人の人間性が誰もが優れているとは限らないでしょう。要するにここも人が仕事をしているわけです。


それで、区議会議員時代のことですが、高検検事長を歴任された参議院議員に同僚の選挙応援で来てもらったとき、その方は座ったまま足を組んで片手で名刺を渡してくれました。長い議員生活でそんなことは最初で最後でした。


さて、今回の森友問題では大阪地検からの情報リークが半端ではないと関西の知人が言っていました。真相は私にはまったく分かりませんが、そう言われてみれば納得みたいな感じもあります。しかも“ダダ漏れ状態”かなとも感じます。


もっとも、この重大な犯罪である国家公務員法違反の捜査情報漏れをマスコミが指摘することは今までも、これからも一切ないでしょう。検察だけだはなく、警察も同様ですが、ネタ元をあぶり出すことは絶対にありえませんね。


特に目を三角にして批判するつもりはありませんし、テレビや新聞も百も承知でやっていることですが、数年前からさすがに恥ずかしくなってきたのか、「捜査本部への取材によると」などと枕詞を付けるようになりました。事の本質は同じですが。

再び優しい二人の鉄ちゃんと

 先日も登場した二人の孫、颯之介くんと稜ちゃんですが、今度も鉄道をメインにそれぞれ一緒しました。なお、最近はあまり出番がない最年長の圭佑くんのショットも1枚載せておきます。自宅の出窓のところでやんちゃしている様子です。
 颯ちゃんとは東京メトロ東西線葛西駅に隣接している地下鉄博物館に行ってきました。ここも前回、私が下見をしておいた場所で、見学のあとは近くのマックで昼食を取りました。彼はチキンナゲットが大好きで、必ず一つを私にくれます。
 稜ちゃんはいつもの新宿コースですが、小田急サザンタワー20階から見下ろせる線路と電車の景色がとても気に入ったようで、ずっと眺めていました。もう1枚の写真は反対側の東急ハンズ前で撮りました。

東武博物館&東京スカイツリー

 このところ、たびたび登場する颯之介くんですが、今回は以前に私が下見をしておいた「東武博物館」と「東京スカイツリー」に行ってきました。いつものように、宇都宮線の古河駅で引き取りましたが、後ろのタワーマンションはこの地域のランドマークになっていて、地元の方はこれを見ると安心すると長男のお嫁さんが言っていました。
 東武博物館は展示物の多くは鉄道車両、運転シュミレーター、ジオラマなどですから、彼もジイジもかなり楽しみ、それほど広くない館内に1時間半くらいいたと思いますし、限定のプリクラも撮ってきました。それから、颯ちゃんが「(東武特急の)リバティのプラレール、買って」とリクエストしましたが、まだ、発売日前で一安心でした。
 次に浅草駅、上野駅で乗り換えて東京スカイツリーに向いました。駅前でのお馴染みのピースサインですが、「(両手で)二つできたよ」と喜んでいました。確かに、前回は初めてこのポースができたのですが、さらに進化したようです。また、天候も回復して、展望台からの景色はなかなか良かったです。次回は地下鉄博物館を予定しています。

『小江戸』川越を歩く

 坂戸市の聖天宮を参拝したあと、東武東上線川越市駅で下車し、今度は西武新宿線の本川越駅に歩いて向いました。そして、観光案内所でおすすめコースをお聞きして、一時間半ほどの時間でしたが、半径700mくらいの範囲内のスポットを回りました。
 蔵造りの町並み、時の鐘、菓子屋横丁、中ノ門堀跡、川越城本丸御殿(休館で残念!)などでしたが、平日にもかかわらず、多くの国内外からの観光客で賑わっていました。やはり、埼玉県では秩父と並ぶ観光地なのですね。
 そして、駅まで戻り、再び案内所を訪ねて、地元のお土産を教えてもらい購入しました。帰路は小江戸に来たのですから当然、特急「小江戸」号に乗って西武新宿駅までの車窓からの風景を楽しみました。

二人の楽しい鉄ちゃんと

 颯之介くんと稜ちゃんの二人の孫ですが、休むことなく鉄ちゃんの修行を積んでいます。そこにジイジである私が加わっているのですが、そう遠くない時期にこちらが指導を受けて、立場が逆転する気がします。
 颯ちゃんとはまず、宇都宮線の古河駅まで迎えに行き、古河駅→上野駅→成田空港駅→上野駅→古河駅ですが、そこに私は杉並からの往復が追加になっています。今回の目玉はやはり「スカイライナー」でした。
 そして、その前日は稜ちゃんと一緒で、いつもお伝えしている定番のコースでした。伊勢丹の屋上には梅が美しく咲き、芝生の小さな花々がとても綺麗でした。それと、颯ちゃんはこの日、初めて“ピースサイン”ができました。

JR東労組の脱退者は過半数を超えた模様

少し前に「JR東の労使関係が完全に破綻か」とのタイトルで駄文を載せましたが、その中で登場する私の友人の見立てを公安関係者に見せたら、「このボリュームでよくまとまっていて、分かりやすいです。どこに所属している方ですか」と聞かれましたが、もちろん、答えませんでした。同じ組織の方ですとちょっとまずいですからね。

さて、JR東はダイヤ改正も終わり、その現場での評価はいろいろあるようですが、春闘も決着しました。茶化すつもりはまったくありませんが、「組合を脱退すれば6千円のベア獲得だ!」と揶揄する意見もあると聞いています。6千円は組合費のことでしょう。ちなみにJRは過去、公営企業体だったこともあり、現在でも“オープンショップ制”です。

それで、報道がほとんどなく不思議なのですが、気になるのは脱退者の数でしょう。依然として情報は交錯していますし、脱退届を分会や支部単位で一括保留しているところもあるようなので、正確には分かりませんが、どうやら、過半数(2万2千名)は超えたようです。前述のようにダイ改と春闘が一段落しましたので、今後、脱退のペースが上がるのか、落ち着くのか余談を許しませんが、個人的には拍車がかかると思っていますし、東労組の牙城である乗務員職場(運転手&車掌)でも脱退が始まっているようです。

また、そうなると、「新しい組合が立ち上がるのか?」がさらに気になりますが、今のところ、目立った動きはないようですし、会社も不当労働行為を恐れていますから、しばらくは様子眺めなのでしょう。言っても詮無いのですが、脱退者の受け皿として、JR連合系の組合(ジェイアール・イーストユニオン:僅かに130名)の影響力がほとんどないことが痛いです。

一方、国労(東日本本部)が俄然元気になってきました。運動論はともかくとして、民営分割化のときにあれだけの抵抗をして組合員が激減しましたが、今でも4千人以上の組合員が残っていることに驚きましたし、当局の国労に対しての態度も浦和電車区事件あたりから変化しているようです。また、国労が最近、「国労呼びかけチラシNo.3」を出しましたが、そこにははっきりと“差別はなくなり加入者増加中!”と書かれています。実際、助役などに昇進することも増えているとのことです。

“増加中”といっても、ここ30年間で約200名ですから、全体では微々たる数字ですが、東労組の組合員の半分くらいは過去に国労に所属していましたので、在職の長い人たちは国労に戻っている可能性もあるでしょう。ちなみにその同じチラシには、「国労も動員などをお願いする事はあります。しかし強制や、不参加などを理由に追求することはありません」と書いてあり、不謹慎ながら失笑してしまいましたし、東労組を脱退したときに賃金から組合費控除を停止する方法も丁寧に解説されています。

さらに、革マル派と鋭く対立する中核派の影響力が強いと言われている千葉動労(国鉄千葉動力車労働組合)ですが、会社への批判は相変わらず凄まじいものの、東労組が減退する状況に、「この日が来るのをずっと待ってきた。いよいよ俺たちが本領を発揮する時が来た。闘う時は今だ!」と嬉しさを隠しきれないようです。確かに30年は長かったでしょうが、ほかの地域の仲間を含んでも175名ですから、組織拡大はかなり難儀かもしれません。

それから、JR東労組本部、東京&八王子&水戸地本、高崎地本、東北3地本、横浜や千葉などそのほかの地本の立ち位置がけっこう変化しています。再度、友人に確認したのですが、彼は「これは革マル派独特の戦術で、今後、どのような展開になっても、革マル派の影響力を温存できるように動いている」と言っていました。

感心してはいけないのでしょうが、民主党政権、自民党政権のどちらからも、「JR総連とJR東労組内には、影響力を行使し得る立場に革マル派活動家が相当浸透していると認識している」と指摘されるだけあって、組織温存を最優先でやってきたことはさすが思ってしまいます。そう言えば、最新刊の警察庁“回顧と展望・警備情勢を顧みて”にも同様なことが記載されています。

最後になりますが、来年の参議院議員選挙のことです。JR総連やJR東労組は組織内として「田代郁(たしろかおる)」さんを2016年に当選させましたが、一昨年の同選挙では落選してしまいました。来年夏の参院選へ向けて捲土重来を目指されているようですが、立候補するのかどうか、どの政党で戦うのか注目されます。私は立憲民主党で勝負することが一番いいと考えますが、その立憲民主党の代表である枝野幸男さんは件の政府答弁書に経済産業大臣として閣議署名していますので、悩ましいところかもしれません。

また、彼は松崎明さん(故人)の秘書をされていたそうですが、実際には敵対するセクトの襲撃から松崎さんの身を護るボディーガードだったと、ある公安関係者が教えてくれましたし、民営分割化の前後、動労出身の役員の盾となって鉄労(鉄道労働組合:民社・同盟系)の人たちが移動などのとき、嫌々付き添わされていたとも聞いたことがあります。

もちろん、私にはそれらの真意は分かりませんが、そんなことも含めて、JR東の労使関係から目が離せません。これからの推移によっては、JR北海道、同貨物、JR総連に加盟するJR関連企業の労組にも大きな影響が出る可能性が高くなるでしょう。それにしても、あのとき、鉄労出身者にもう少し指導力があったら、こんな悲惨なことにはなっていなかったと悔やまれます。

もう、JR東日本・東日本旅客鉄道株式会社を一流企業と称することは無理がありますし、この会社はお金を儲けることしか考えていないようです。ですから、就職を目指している学生にもあまり人気がありませんし、現在は労使関係のドロドロを報道されることを会社が抑えているようですが、いずれ明らかになれば、利用者や学生からさらに敬遠されるでしょう。結局は会社内エリートが自己保身のために、指摘されるような組合と馴れ合ってきたことが一番の原因だったという見立てに私は納得してしまいます。
(写真:メーデー中央大会で情宣活動を行う革マル派)